麺王国のニューフェイス「盛岡冷麺」
天候不順の年ともなれば東方の太平洋、千島寒流の上を吹いて冷え切った「ヤマセ風」に襲われる岩手県。宮沢賢治はオロオロ歩くイーハトーブの国。
熱帯性の作物、稲がこの冷たく湿った風に吹きまくられれば青立ちしたまま秋を迎え、垂れることのない軽い穂の中はスカスカ・・・
歴史上何度も繰り返された、南部の国の大飢饉到来の図だ。
そのような気候上、民衆のほうでも自衛策を考える。米に頼るのは良くない。稗に粟、蕎麦、麦・・・寒さにある程度は強い、畑作の作物で食いつなげばよろしい。しかし米の飯に比べれば、どうしても食味が落ちる穀物。そのような穀物は粉にして、団子なり麺なり煎餅にして食えばいい。
こうして「わんこ蕎麦」、「南部せんべい」、「ひっつみ」その他岩手県独特の粉食文化が花開く。
「盛岡」冷麺は、その中のニューフェイス。
ご存知の通り、「冷麺」は朝鮮半島、それも北部の料理だ。かの地は山がちで水田耕作に適さず、もとより岩手県以上の冷涼の地。冬の寒さは零下何十度にも達する。いきおい、栽培されるのは畑作で寒さに強い雑穀ということになる。寒さにも瘠せ地にも強い蕎麦は、岩手県と同じく朝鮮北部や山岳地帯の名産だ。
その蕎麦を粉に挽き、緑豆から取り出した澱粉を混ぜ、熱湯で一気に捏ね上げる。それを熱湯が沸き立つ大釜の上に仕掛けられたクスストゥル(製麺機)にしかけ、テコの原理で一気に押す!グ!グ!ギュウウウウウウ!
力を込めて押せば生地の固まりはトコロテン式に幾本もの麺となり、そのまま沸き立つ釜に落とし込まれる。
一気に茹で上げた麺を冷水で洗い、牛のあばら骨から取った出汁に大根の水漬けキムチの汁を併せ、醤油や酢で味付けしたスープに放つ。
あとは大根キムチに梨やリンゴの輪切り、ゆで卵をトッピングすれば出来上がり。
しかし大事なことが一つ。「冬に作ること!」。もとより朝鮮の医学では、「夏は熱いもの、冬は冷たいもの」が身体に良いとされている。だから盛夏のおりは煮えたぎった犬肉スープやドジョウ汁で暑気払い。冬はこの冷麺だ。床下に竈の煙を通して部屋全体を温める伝統的暖房システム「オンドル」がホカホカに効いた床に座り、歯の根に染みとおる冷えた冷麺をすする!
最高!
18世紀頃から朝鮮の文献に現れ始める冷麺は、日本統治時代に盛岡へと伝来した。帰化した朝鮮半島出身者が持ち込んだ新たなる食文化。粉モノの伝統がある盛岡にたやすく馴染み・・・とはいかない。
柔らかな南部蕎麦の歯ざわりになれた南部人に、歯にグッと来る冷麺の腰は違和感の化身。蕎麦ならば理解できる「薄鼠色」はどうも・・・
そこで考えた。蕎麦粉をやめて、小麦粉で作ろう。蕎麦と同じくらいの麺の太さにして。スープはもっと日本人好みの味に変えて。
工夫を加えた新作冷麺は、昭和後期のエスニックブームも相まって盛岡を席捲!かくて新たな名物「盛岡冷麺」として君臨したのである。
本場では冬の食物だった冷麺も、冷蔵技術が発展した現代では夏の味だ。いくら伝統医学で熱い料理がいいにせよ、やっぱり夏は冷麺!
澄んだスープに透き通る麺!乳酸醗酵したキムチ、さらに上に乗っかった果物の酸味が、爽快感を引き立てる。
グッと歯にこたえる麺をズズーッと噛み切らず一気に胃の腑に落とし込み、スープをすする。コクのあるゆで肉と卵の黄身が、清涼のみに止まらない美味さをスープに与える。
ああ!幸せ!盛岡の夏は冷麺でキマリ!
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