座敷わらし探訪

ああ緑風荘 願いは届かず

ああ緑風荘。緑風荘。

出火のニュースを聞きつつも、一部では一縷の望みを繋ぐ。

わらし様に守られた旧家の豪壮な建築。滅多なことで焼け滅ぶことなどありえない。

そしてボイラー室からの出火ならば、まず燃え上がるのは新館。新館と「槐の間」を繋ぐのは細い渡り廊下。いち早くその廊下を「破壊消防」で取り払ってしまえば、曲がり屋建築の旧館への延焼は防げるだろう。

ヤキモキしつつ朝を迎え、それでも会社へ向かう。関東の朝は一挙に冷涼なる秋へと移り、羽根布団の寝床はゾクリ。その寒気から来た熱を帯びての出社。

会社でパソコンを立ち上げヤフーニュースを開き

望みは一挙に建たれました。燃え上がる炎は新館を焼き崩し、旧館槐の間までも延焼して焼失。

12畳の座敷を埋める大量のヌイグルミに「夢」の書。つのだじろうの色紙。夫婦達磨。ちゃんちゃんこ。画面がゆがむテレビ、温泉の香りが染み付いた浴衣。硬くねじ込まれた帯。

私が捧げた土産のおもちゃのウグイス笛までも。

すべて槐の床柱と一緒に灰になってしまったのですね。

母屋の隣に営まれる「座敷わらし神社」のみは無事との記事に「威力」を感じつつ、従業員宿泊客、いずれも無事との話に安堵はしつつも、やはり胸のうち。南部鉄器の灰皿型に大穴が開いたようなこころもち。

いずれ新築されるであろう緑風荘。

その部屋にまた住んでいただくことを祈ります。

「座敷わらしブログ」

通常のアクセス数は、1日12ほど。

本日に限っては600以上。

このような形でのアクセス急増は、まことに辛いものです。

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緑風荘火災

6:354】【社会】 「ドーンという爆発音が2回聞こえた」 ~“座敷わらし”老舗旅館から出火…岩手・二戸

beチェック
1 名前:有明省吾 ◆BAKA1DJoEI @有明省吾ρ ★ 2009/10/04(日) 22:27:22 ID:???0 2BP(33)
4日午後8時20分頃、岩手県二戸市金田一の老舗旅館「緑風荘」が燃えていると、
二戸消防署に通報があった。

同旅館には、「座敷わらし」が出るとして全国的に知られる「槐(えんじゅ)の間」がある。

近くの日帰り温泉施設「金田一温泉センター ゆうゆうゆ~らく」の白戸篤郎館長(59)によると、
緑風荘から火柱が上がっているのが見え、「ドーンという爆発音が2回聞こえた」という。
近所の主婦(58)は「旅館の建物全体に火が回ったようだ」と話していた。

記事引用元:(2009年10月4日21時57分 読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20091004-OYT1T00716.htm?from=main4
このようなニュースを聞いてしまい、非常に衝撃です。
火災が「新館」のみで済んでくれることを祈ります。

宿泊客や五日市さん、わらしさんは無事でありましょうか。

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平成16年座敷わらし探訪 新館の唸り声 その2

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平成16年初夏。緑風荘。

「槐の間」にはあいにく宿泊出来ず泣きの涙。かわりに泊った新館のお部屋。目の前に直径30cmばかりの銀杏の木があるお部屋に泊った私。

翌日は実にさわやかに目が覚めました。

残念ながらもさわやかに朝のご膳をいただき、朝風呂に浸かる。偽装ではない正真正銘の温泉ですから、24時間入れるのがうれしいところ。

朝湯を済ませ、まだ述べられたままの蒲団にもぐりこんで目をつぶる。さわやかな東北の朝は、私を再度快い眠りへとさそいます。

意識が遠のく寸前・・・

「ぶぅうぅぅうぅうぅぅぅぅぅぅうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅうぅうっぅうぅぅうううんんんn」

奇妙な唸り声。蜂の羽音のような唸り声が聞こえてきます。

あの怪奇小説家として名高い夢野久作の奇作「ドグラ・マグラ」!その冒頭部分のごとく、奇妙な唸り声で耳が聾される!

その瞬間、

「金縛り」!

またしても身体は蒲団の中で硬直!

しばし硬直のあと、

枕元に座敷わらし様は現れず目が覚めました。

多少消化不良のまま、宿をでて岩手県名物「たがね餅」などを喰らいつつ新幹線で東京へと戻っていったのであります。

この章、完。

次回から平成19年度岩手県遠野市早池峰山神社、座敷わらし祈願祭解説になります。

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平成11年度、平成16年度座敷わらし探訪 新館の唸り声 その1

座敷わらしを緑風荘にて目撃したのは平成10年。

それから1年後の平成11年夏。私は再度緑風荘、槐の間に宿泊しました。自分が期待するような幸福、宝くじや出世にめぐり遭わなかったからですが、このときはあいにく目撃には失敗。翌朝実にさわやかに目が覚めました。

平成16年初夏

この年に母を失い、実家で色々始末をつけたのち、東京へ帰る道中の途上、また緑風荘を予約しました。このころになればもう槐の間は延々と予約満杯。数年先まで予約を待つような状態になっております。そこで仕方なく、新館の部屋で満足しました。

新緑まぶしい金田一温泉。革靴履いて駅から宿までの道中はまことに辛い。ショルダーバックの紐が肩にギチラギチラと食い込みます。やっとのことで到着した緑風荘。全く外見は変わっていません。昭和30年代の小学校のような新館も、曲がり屋をトタン葺に改装した旧館も。

私にあてがわれたのは、新館の「目の前に銀杏の大木がある部屋」でした。

とりあえずお風呂。風呂場も何ら変わってなどおりません。

夕食時間と相成ります。お食事はそれぞれの部屋にかかわりなく、旧館の大広間。平成7年夏の訪問の際、K君と女将さんに案内された部屋で取ります。向かう最中に、槐の間へと続く縁側がチラリと見える。昔は暖簾で仕切られていた縁側は、今では簡単なドアが設けられておりました。その周囲にもぬいぐるみの山

座敷わらし様に捧げられた人形やおもちゃ、ぬいぐるみで、槐の間は飽和状態になってしまったようです。

大広間に並べられた各自の膳の前で、夕食。今晩の槐の間は二名様お泊りのよう。大広間には福山雅治の「桜坂」がオルゴールメロディーで流れ、やはり部屋のあちこちに座敷わらし様に捧げられたと思しきぬいぐるみの山。日本一恵まれた子供ですね。

座敷わらし様を目撃した晩はビールに大量の飯で腹キツキツでしたので、今晩は日本酒を注文します。

満足して部屋に帰って就寝。

翌朝、朝6時。私の耳に懐かしいメロディーが流れ込みます。あの、座敷わらしさま目撃のBGMであった「恋は水色」!今回は以前のような2小節のみではなく、最後まで演奏してくださいました。しかし枕元には陰は立たず、体は蒲団の中で自然に動きました。

奇妙な面持ちで、浴衣のままで朝食の大広間へ。どうやら昨晩槐の間に泊ったお客は、朝飯も取らずにはや立ちしてしまったようでした。臨席のおじさんが、「『槐の間』、泊れなかった?」と残念そうに聞いてきます。懐かしい味の朝飯を平らげて朝風呂。

部屋に戻っても時間は余っております。

どーせすることもない。私は蒲団にもぐりこみました。

二度寝の極楽・・・

続く

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座敷わらしを見るということ。座敷わらしが見えるということ。

座敷わらし様の姿を拝める旅館、緑風荘。そして姿を拝めれば幸運に恵まれる?座敷わらし様。しかし座敷わらしについて様々に研究を重ねるにつれ、非常に興味深い事実を発見しました。

もともと座敷わらしは姿を現すものではないと言う事です。座敷わらしははしゃぐ音、箒で座敷を掃く音、さらに鼻をすする音など、「聴覚」としてのみ家人に存在を意識させます。

座敷わらしは、普通の家人には姿を見せません。家人の中で座敷わらしを「見る」ことが出来るのは、一番高年の老女など。つまり年を重ね、経験と一種の霊力を重ねた人のみです。

外部からの客人は、生半可な人物では座敷わらしを「見る」ことができません。旅の修験者、六部、山伏、イタコや拝み屋など、霊力をそなえた人物のみが姿を見ることが出来ます。

もし霊力の無い家人や、全く霊力の無い家人が座敷わらしの姿を視覚として見てしまったら?それは没落の兆しです。そして座敷わらしを「」として残そうとすることも没落の兆しなのです。

岩手県宮守村のある老人は、製材の仕事でよその家に行った折、座敷わらしを目撃しました。翌日そのことをその家の主人に話したところ、主人は

「人さ見えるようになれば、その家は竈返して(没落)してしまうんだ!」

と、言ったとのこと。

また、このような話もあります。

遠野近在のとある一族の本家では、人手が足りなくて困っている時に必ず何者かが手助けしてくれた。飼い葉を乾していて、急に雨に降られた時に何者かが草を取り込んでくれる。田植えが一日で終わらず、やり残して翌日行って見れは、すべて苗が植わっている。この不思議なものをおがみたいが、姿が無いので拝めない。そこで大きな人形をこしらえて「おこない様」と名づけ、毎日拝んだ。そのうえもっとご利益を期待して、その人形を背負ってお伊勢参りに出かけた。ところがお参りを終えての帰り、遠野が近づいて似田貝の橋まで来たあたりに、急に曇って周囲が薄暗くなり、河童のような姿のものが現れた。その者が「爺様、今帰ったか。」と言うので「うん。今さようやっと帰ってきた。おめさま何処さ行く?」と言うと「寺さいぐ」との答。それ以来、忙しいときの手助けがなくなってしまった。

このブログに最初にあげた、遠野物語の座敷わらしも、富豪の守り神として納まっているときは言い伝えのみで、姿をあらわしませんでした。出て行くときのみ、二人の童女の姿として他人に姿を見せました。宮沢賢治の「ざしき童子のはなし」に登場する座敷わらしも、家に収まっているときは箒の音として家人に姿を知らせ、あるいは家に遊びに来た子供の姿を借りて現れました。それ自身の姿は見せないのです。そしてその家に飽き、よその家に移るときのみ、きれいな子供の姿として渡し守に姿を見せました。

座敷わらしの姿を見る、ということは、座敷わらしの退出、つまりその家にとっては不吉なことなのです。だからこそ緑風荘のご主人は、槐の間に入ることを戒めているのでしょう。姿を見ないように。

だとすれば実に奇妙なことです。

金縛りに遭ったことぐらいが霊体験の私が、座敷わらしの姿を見た。それ以前にも、年に数回とはいえ、何人もの人が座敷わらしを見ている。そして私が目撃した平成10年以降にも、やはり何人もの人がお姿を見ているらしい。

座敷わらしの姿を何人もの人が、家人以外の部外者が見ても、やはり座敷わらしは槐の間に御住まいです

そして座敷わらしを像として残すことが「退出」の兆しになるなら、次に書く事実は・・・

続く

(上記は、『ザシキワラシの見えるとき』 川島秀一 著 平成11年 を参考としました。)

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「ザシキワラシの見えるとき」川島秀一 著 平成11年

カイコと馬の神、祟る神であったオシラ様。旅の坊様を泊めて殺し、その金で身代を作った長者。

ザシキワラシを祭って富み栄え、出て行かれて没落する長者。

岩手県に古くから伝わる民話伝説、信仰の類を学術的に考察した良書です。

多少難解なきらいは在りますが、一読の価値あり。

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座敷わらしを見て、本当に「出世」したのか?「幸福」になったのか?

平成10年3月下旬に座敷わらし様にご対面!

それから10年、今年は平成20年。

座敷わらし様を見た私は「幸福」になったのか?

そのあたりが実に微妙なのですね・・・

就職試験には一発でパスして出世街道爆走中!ブランドスーツ着こなしてバリバリ仕事をこなし、オフの日はかわいい彼女とウハウハ、20代で独立して年収数億!挙句馬券を買えば大穴アテ!パチンコでも出玉ゾロゾロ、ロト6毎週当てまくり!今では一等地に5LDK以上の一戸建て豪邸構えて、夏はクルージング、冬は暖炉にゆらめく炎を眺めながらブランデーをあおる・・・

などという生活・・・などというはずが無い。今でもつつましく木造アパート暮らし。お話にもならない年収のなか、お茶漬けをすすっております。いまだに独身なのは当たり前。

それでは不幸のどん底、というわけでもない。貧乏はしても決して一文無しになることはありません。金が尽きそうになるころに、新しい仕事のアテが見つかる。

そして絶対絶命になっても、かならず助けが訪れます。交通事故を起しそうになっても寸でのところで回避できる。実家が破産しそうになったときも、周囲の手助けで乗り切れる。

座敷わらし様は人を大金持ちにすることは無いが、必ずたすけてくれるもののようです。

そして座敷わらし様を見たおかげで、心が豊かになる。自暴自棄になりかけても、

「ここで落ちぶれては、座敷わらし様に申し訳が無い!」

などと、思いとどまることが出来る。

このように考えれば、座敷わらし様を見たおかげで幸福になった、とは言えそうです。

ただ・・・

もしこれから緑風荘、もしくは東北の旧家で座敷わらし様を見た方がいらしても、絶対に宝くじ、競馬、競輪、バカラなどのギャンブルまがいにいれあげてはいけません。株や先物取引などに手をつけてはいけません。

この10年、私が週に一回ロト6一枚を買い続け、当てた総額は1万数百円です。

挙句先物取引のサギにあったこともございます。

やはり自身でコツコツまじめに働くものを、座敷わらし様は援助するのでありましょうか。

次回からは、岩手県遠野市早池峰山神社の「座敷わらし祈願祭」レポートなどを執筆してみたいと思います。

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ついに目撃!平成10年初春 「恋は水色」編 その10 座敷わらしさまは髪がきれい

 座敷わらし様が金縛りとともにお出ましになり、「恋は水色」とともにお姿をお隠しになる。

一連の出来事が流れても、周囲には言い様の無い異様な雰囲気がわだかまっております。

膀胱のなかの尿は一滴一滴と量を増してまいります。しかしこの状況の中でお便所にまでとても行けそうにありませぬ。重たい蒲団を上げて冷たい外気と妖気に全身をさらし、そのまま暗黒の室内を歩んで障子を繰って廊下に出、そのうえで床板を鳴らしながら新館との堺とにあるお便所へなどとても行くことなど出来ず、そのまま数時間、必死に蒲団の中でこらえるわたくし。

こ、こらえてつかぁさい! たのむけん、こらえてつかぁさい!

数時間たって午前五時過ぎ、春分近い東北の東の空、真東がようやく白み始めます。つられて真西の山々が朝日を受けて桃色に染まり始めます。平和にあけ行く朝。

ダッと起き上がり、お便所にかけこむ私。このような心持など、小学校以来でしたね。

膀胱がカラになってようやく、

やった、やった、やりぃ!うほほ、うは、おほほ!」

などと言い様のない喜びが全身を揉み解して高揚させる。

やった、やった、やったぜぇ!大企業就職、大出世間違いないわさ!宝くじ当たり放題の億万長者!本を書いたら印税生活で左手団扇、果てはノーベル賞!うはうあうあははっはは!

朝食を知らせにやってきたご主人、いつもテレビの怪奇番組に出るたびに

「家の主人は、この部屋には『休まれない』の。」と、槐の間を紹介するご主人が

「昨夜はどんなものでしたかな?」

と聞いてまいりましたので

「紺地の水玉の着物」「身長1mほどで、四歳くらいの男の子の姿」「色白でのっぺらぼう」「おかっぱ頭で、髪がきれい」

などと事細かに説明します。

「へぇぇ、今年初めてですよ。ご覧になったお客様は!」

平成10年に入ってから、初めて目撃した客は私であったようです。

味噌汁を飲む口元をうれしさでヒクつかせながら朝飯をいただき、お勘定払ってお礼言って、意気揚々と北海道へと向かったのでありました。

さてその後10年間・・・

続く

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ついに目撃!平成10年初春 「恋は水色」編 その9 座敷わらしさまは髪がきれい

平成10年3月下旬の岩手県二戸市金田一温泉。座敷わらしが出没すると評判のお部屋、槐の間。

平成7年春3月よりお姿を拝むことを願いつつ何度も泊り、そのたびに朝の気持ちよい目覚めとともに落胆した緑風荘、槐の間。

おみやげ物のみどんどん溜まりゆく槐の間。

その槐の間で、ついに座敷わらし様がお姿を私の前に表してくださいました。5歳くらいの少年の姿。

紺地に白の水玉の絣姿。

空けるように白いお肌のお顔はのっぺらぼう。

そのお姿で、オルゴール、「恋は水色」の音楽とともにお姿をおあらわしになりました。

しかし午前三時、真の闇、金縛り・・・

ついにお会いできた私が、即座に喜びに打ち震えることができたでしょうか・・・

「な、なみあみだぶつ・・・」

昔から金縛りにあうたびに唱えた念仏をおもわず舌の上に転がします。

ふっと蒲団の重圧が薄れ、肉体に生気がよみがえります・・・

腹の中の飲酒物は順次水分を吸い取られ、腎臓で濾され、尿となって一滴一滴膀胱へと滴り落ちます。

しかしこの状態。

一人でお便所へいくことなどできるでしょうか・・・

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ついに目撃!平成10年初春 「恋は水色」編 その8 座敷わらしさまは髪がきれい

平成10年3月下旬、春まだ浅き岩手県二戸市金田一温泉 緑風荘 槐の間。

ようやくぬくだまった冬の厚い蒲団に押しひしがれた私の身体が、ぴったりと蒲団の中で硬直しております。

蒲団から出た首は目を見開いたまま 暗さがわだかまる天井を見上げております。そのまま首を動かすこともならず目をつぶることもならず。

しかしその見上げる視界の脇に

「いらっしゃる!」

何年もご尊顔を拝すべく宿を訪問し、夢破れて快適な睡眠のさわやかな朝の目覚め。泣きの涙で帰路に着いた座敷わらし様探訪のたび。

その旅路がおわりに来たのでありましょうか。

座敷わらし様は立っておられます。

身長は1mほど。紺地に白の水玉模様の絣を身にまとい、肌はあくまで色白。肝心のお顔のっぺらぼ

ご尊顔拝したくても、これでは拝めませんわ。

そして、おかっぱに整えられた髪がじつに綺麗なのですね。昭和58年ころのシャンプーのコマーシャルで

「子供の頭を電灯の光で照らすと『天使の輪』が見える!天使の輪をあなたに授けるシャンプー!」などというのがありました。髪のキューティクルの光沢によってできる頭部の輪郭をこのように表現しているのですが、大和の国のみちのくの座敷わらし様、ちゃんと天使の輪がございました。暗闇の中で、電気にも照らされずにその光を。

身体は硬直。目には座敷わらしさま。

そして耳には・・・

音楽が聞こえてまいります。

曲はなんと「恋は水色」!

最初の2小節のみ 「青い海が お日様にとける」の部分のみ鳴り響かせ、あとには再び闇と静寂が支配します。

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閑話休題 「金縛り」

私の金縛り初体験は小学四年のおりでした。

悪夢の中で「これは夢なんだ!」とすでに悟っている。目を覚ませばこの恐怖から逃れられるだろう、と目をパッチリ開けば身体がビビッと動かなくなる。マンガやテレビのオカルト番組でのみ見聞きしていた「金縛り」がこの身に取り付いている!当時まだ身長130cmほどの私。蒲団から足が出るなぞ思いもよらない私。臆病な子供を守ってくれるはずの蒲団の中でもこのような恐怖、「金縛り」に出会ってしまう!

いかばかりの恐怖であったでしょうか。その夜金縛りから生還してから、どのように夜を過ごしたかは記憶にございません。ともかくも、それからしばらくの間は枕の下に北海道神宮のお守りを敷いて寝ました。お守り袋を頭にて押しひしぐ、なんというバチアタリな行為でありましょうか。

金縛りの原因を霊現象に求めるのはお門違い、精神が不安定な際に、脳と筋肉の意思伝達が上手くできないために目は覚めても身体が動かない、との説もございます。

成長して中学生になった私。精神は様々な理由で不安定でありました。金縛り現象は月に一回の割合で私を襲いました。この程度まで来るともはや金縛りに成れてしまった感すらありましたが・・・

高校進学後、最大の恐怖体験に見舞われました。

一晩に三度も金縛りに遭ったのみならず、最後の金縛りのあとで「蒲団上空50cmを火の玉が飛び交う」という光景を現の中で見たのであります。

それからひと月の間は恐怖で寝付けず、ラジオをつけっぱなしにしたままで床に入りました。

卒業後、浪人時代の徹夜のうたた寝では、毛布に包まれたまま階段から突き落とされる夢を見て金縛り。

大学合格、浪人後は幸いにもそのような経験もなく本州の温暖な気候と夏の寝苦しさに違った意味で苦しんでいたのですが・・・

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ついに目撃!平成10年初春 「恋は水色」編 その7 金縛り

金縛り

座敷わらしが出ると評判の緑風荘槐の間。

その蒲団の中、いいようの無い重圧に耐えかねて胎児の如く身をかがめていた私はいつの間にか身体が大の字になり、そのまま金縛りに遭遇したのであります。

金縛りがどのようなものか皆さんご存知ですか?

それはまず悪夢から始まります。不条理な内容の夢から始まります。

冬枯れの草原の中を当てもなく彷徨っています。遠くからはゴォンゴォンと鐘の音が鳴り響きます。このゾッとする荒涼たる世界の中を彷徨う私。頭の中で、今自分がいるのは夢の中であることがはっきりわかっているのです。いいようの無い悪夢の世界から逃れ出る方法はただひとつ。

夢から覚めてしまえばいい。

そこで夢から逃れようと、夢の中で必死に「目を開けよう」と全身を動かそうとします。

幸いにも目はパッチリと開いてさぁ安心・・・

その瞬間、全身がヒッタリと敷布団に押さえつけられて力が吸い取られるぅ!

目は開いているのに全身がガンジガラメになって動かない。指の先からヒクリとも動かない。

思えば私がこのおぞましい金縛り、というものを初体験したのは、昭和後期、小学校四年生のころでした・・・

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ついに目撃!平成10年初春 「恋は水色」編 その6

平成10年3月。岩手県二戸市金田一温泉緑風荘 槐の間

ビールが染み渡った飯で満腹、苦しく寝苦しく、ふと目をさましたときには午前三時ころでありました。

周囲は真の闇であります。そして真の静寂であります。街燈も無い冬枯れの温泉街は雪明りも星明りも無く、晩冬のころとて虫の声もしない。

まさに効果音つけるならば「シーン」以外に連想の仕様がありません。膀胱には一滴一滴、新しい尿が注ぎ込まれつつあります。手洗い所に駆け込みたくともその勇気が出ず、蒲団の中に身をしっかりかがめます。まるで母体の中の胎児の如く。

胎児よ胎児 なぜ躍る 母の心がわかって おろそしいのか

母の心がわかって恐ろしいのではありません。その周りが恐ろしいのです。子供のころから「お化けが出ても、蒲団の中にさえいれば絶対安全」といい習わされている。その全国的な言い伝えを守って身をかがめます。胎児の如く。

それでも怖い。分厚い敷布団の下には畳がある。畳表の編みイグサ。この網目一筋一筋から妖気がにじみ出し湧き出して蒲団を覆い隠す、その恐ろしさが怖い。

憧れて 何度も泊まる 緑風荘 (五七五になってる!)。その槐の間に何度も泊り、私は恐怖にさいなまれているのであります。お便所に行きたい。お便所怖い。小学校低学年のころ、アニメの主題歌を歌いつつ恐怖をごまかして夜のお便所に通ったころの記憶が甦ります。

ピシリ

乾ききった木切れに割れ目でも入ったような、かすかな音が耳に障ります。

その瞬間蒲団の中で大の字になった全身が・・・

金縛り!

続く

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ついに目撃!平成10年初春 「恋は水色」編 その5

平成10年春の捧げモノはお菓子。「ひよこ」だったか「鳩サブレ」だったかは忘れましたが、とにかく関東ではメジャーな銘菓でありました。その薄い箱を床の間の框に捧げ、静かに手を合わせます。

ああ座敷わらし様、もう平成も10年となりたまいました!お願いですから就職難民の私めにお姿を見せたまえ!そして幸福を授けたまえ!

デンキを消し、春まだ浅い東北のヒヤリと冷たい蒲団にもぐりこみます。

大量の飯とビールで膨れ上がった腹。胃の腑の内容物のうち水分とアルコールは胃で吸収されて尿へと変化し、固形物は胃液でふやかされて消化され行く過程でありまする。

デンキが消された真の闇の中。抜け切らないアルコールと満腹感は次第次第に私を眠りの淵へと落とし込んでいきます。そのまま今回も朝までグッスリ安眠快適!翌朝はさわやかな目覚め!のはずでした・・・。

日付が移ってから数時間後の午前三時ころ。前触れも無くすうぅと目が覚めたのであります。熱帯夜とは縁遠い早春の岩手県北部。冷気の中、体温で充分に温まった蒲団。目が覚めるのは奇妙ではあります。

周囲は真の闇。そして実に静かでありました。夏ならば自然のBJM,虫の声がリィリィと耳に優しいのでしょうが春浅い東北地方北部、虫は土の中、卵の中。

声のない世界は針の落ちる音どころか埃が積もる音ですら聞こえるほどであります。

この状態をマンガの一場面にして効果音を添えるなら

「シーン」

以外に連想がつきません。

心臓の鼓動が二拍子をくわえます・・・

続く

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ついに目撃!平成10年初春 「恋は水色」編 その4

桃色の炎が消えた後の緑風荘槐の間は、再び冷たいレモン色の蛍光灯が照らすばかりの平成10年早春

孤独に耐え切れず玄関へと足を運ぶ私。

すでに時刻は午後九時を過ぎ、気候的にも文化的にも夜が早い東北は眠りの時間であります。

玄関には明かりこそあれど白いカーテンで覆われ、ロビーのみやげ物が居並ぶケースも棚も白布がかけられている。

鋳物製の薪ストーブが余燼を蔵してぬくもっております。フタを開けてみれば、細い薪が樹脂をジクジクにじませながらポウ、ポウ、と弱い炎をあげ、炎が消えてくすぶり、また炎を上げる。

まるで私の心境でした。

時刻はすでに午前0時。緑風荘槐の間に戻った私は今回の訪問にての「捧げもの」として、鞄から

鳩サブレ」の箱を取り出しました。

いや、「ひよこ」だったかな?

とにかく東京でメジャーな、鳥の形をした銘菓であります。

つづく

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ついに目撃!平成10年初春 「恋は水色」編 その3

雪残る平成10年、まだ春浅き岩手金田一温泉

緑風荘新館の玄関より漏れ出る蛍光灯の青白い光が庭先の子砂利を照らし、薪割り台につき立てられた薪割りの分厚い刃をチラリと照らします。周囲にはバッサリと割られた広葉樹の薪が散乱しております。

雪の宿に斧・・・これではまさに「シャイニン」ではありませんか。

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それでも宿に入館。槐の間に通されます。やはりあふれかえるようなぬいぐるみや人形に玩具に圧倒されます。これらを捧げた人々のうち、どれだけの人が座敷わらし様を拝めたというのでしょうか。

何度通っても姿をお現しにならない座敷わらし様。こちらとても多少意地になってしまう恐ろしさ。

いつもどおりにベッコリへこんだ腹に鮎の塩焼き、白身魚の刺し身、鰊の煮付けなどで大量の飯をかき込みます。ついでに今回はビール一瓶を注文。胃の腑に充満する飯粒にビールが染み渡り、飢えは膨満感に襲われます。

重い腹をかかえ、ペタペタ床を踏み鳴らして浴場へ。腹に大量に詰め込んだままで湯に浸かれば茹って夢野久作ではないが「人間腸詰」状態。

風呂から上がり、冷え切った板の間をぺたぺた踏みしめながら槐の間へと戻ります。チェックイン時に「シャイニング」を予感しましたが廊下の奥から血の大洪水がドウドウと流れ来るわけでもありません。カラリと障子を繰っても壁に赤字で「れどらむ」などと書かれてもおりません。

コタツに入って意味もなくマッチを磨ります。

冷たいレモン色の蛍光灯が照らす12畳の座敷が、ポウと立ち上がる炎でコタツの上のみ蜜柑色に輝きます。黒く縮み返って燃え上がる軸木が2センチあまり残ったところで振り消し、南部鉄器の灰皿に落とす。

灰皿の冷気を浴びて炎が消えます・・・

続く

金田一温泉 緑風荘 金田一温泉 緑風荘

地域:安比高原・八幡平・二戸
特色:自然の懐に育まれた幸運を呼ぶといわれる座敷童子伝説の宿
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ついに目撃!平成10年初春 「恋は水色」編 その2

平成10年

晩冬初春の北上平野。

東北本線を真北に向かう列車は、真西から差す夕をまともに浴びます。寒冷地仕様の座席の床暖房は貧弱な私の足をあぶり、耐え切れずに立ち上がって西側のドアの脇に立ち尽くして熱を揉み解します。

就職活動をあきらめ整髪を忘れた私の髪は肩までとどき、ダウンジャケットの襟がガサリガサリと鳴る。稜線にかからんとする夕日が、キューティクル剥がれ落ちた私の髪を黄金色に照らします。

同時に肩の辺り、後頭部になんとも不愉快な視線を感じる。

振り向けば先ほど東がわの座席に陣取っていた地元のホスト集団、耳打ちしながら私をけなしあっている。立ち上がっている様子を「エエカッコシイ」だとでも思ったようです。

世の中には奇妙なことで異様な敵意や対抗意識を燃やしてくるヤカラもいるから恐ろしい。

それでも列車は進みます。岩手県北部は遠い。まるで田舎から出て勉学を極めんとするイーハートーブのグスコーブドリの如く、汽車さえ鈍いと感じる私。ブドリ少年は青雲の志に燃えて都に出、私は都に負けて北に向かう。

ああ、演歌の世界

春のまだ短い日は落ち、午後七時過ぎの盛岡。九時近くになってようやく緑風荘のある金田一温泉駅です。それでも座敷わらし探訪がやめられない私です。

貧乏性ゆえにタクシーなど使わず、徒歩で駅から金田一温泉まで。東北にも春の足音は忍び寄り、雪は赤松の幹から円周になって融け去ります。解けた雪は馬淵川の水面をモクモクとうごめかせ、アスファルト道を静かにぬらす。

緑風荘はやはり蛍光灯の光を戸外に投げかけております。道の小砂利に影を与え、薪割り台につきたてられたがチラリと光ります・・・

続く

金田一温泉 緑風荘 金田一温泉 緑風荘

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ついに目撃!平成10年初春 「恋は水色」編 その1

あけて平成10年春

親の因果が子に報う団塊ジュニア。親の世代の数の多さゆえに大量繁殖した団塊ジュニア。学歴信仰がいまだ健在ななかで中高時代を送り、受験の折はお互いに足を引っ張り合って大苦難。それでようやっと進学してサァ卒業、就職活動!と思ったらば不景気が拍車をかける。

そんな状況で文学青年のならい、世の中の仕組みも出版流通のしくみも理解しえぬままで大規模出版社のみ受験しまくった私に音沙汰はなく、打ちひしがれての実家帰り。春先に短く切りそろえた髪は黒いダウンジャケットの襟をガサガサならすほどに伸びておりました。当時流行の、黒いダウンジャケット。アムロとデキ婚したサムが会見で着ていた黒いダウンジャケット。

冬枯れの関東平野を淡い晩冬初春の日が照らす中の北向であります。バタフライナイフ殺傷事件が新聞をにぎわし、沈丁花の花が香る平成10年の早春。

例の如く18切符で上野を発ち、常磐線で仙台へ。仙台から東北本線へ。

座席に陣取る地元の「イケてる」茶髪青年数人、その当時の流行であったモード系スーツを着こなしては稼業のホスト談義。おなごをたらしこむ術を自慢しあっています。生々しく俗でベタベタした内容が、聞かずとも私の耳に入ってまいります。気分をごまかそうと鞄から3年前に買い込んだ、温泉水でゴワゴワになったガイドブックを取り出してページペラペラめくっても気は晴れない。

座席は寒冷地仕様の床暖房システム。ちくちくした化学繊維から熱が沸き起こり、ジーンズを通り越して足を熱します。その熱攻めに耐え切れず席を立ち、進行方向左側、つまり西側の入り口そばに立って足を揉み解します。

夕暮れの北上川流域。春分ころの真西に沈まんとする夕日が稲の切り株を照らします。切り株は真東に影を送ります。私のキューティクルが剥がれ落ちた髪も黄金色に染まります・・・

続く。

金田一温泉 緑風荘 金田一温泉 緑風荘

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座敷わらし探訪 平成9年夏 ナニャトヤラ編 その3

お話を平成9年夏、座敷わらし探訪に戻しましょうね。

湯上りの金田一温泉散策にてナニャトヤラを聞いた私めは槐の間に戻り、函館駅のみやげ物屋で買ってきました今回の「捧げもの」を取り出します。

平成7年夏には「ウグイス笛」捧げてお目にかかれず

平成8年夏には「口琴」捧げてお目にかかれず

つまり、「おもちゃ」や「マニアックな民具」に座敷わらし様は興味を持ってくれない、ということであります。

そこでオーソドックスに「お菓子」でいきました。北海道土産には定番の「白い恋人」であります。

槐の木の床柱の前に捧げてデンキを消して蒲団に潜って目を閉じて・・・

ああ!翌朝実にさわやかに目が覚めました。

これで三年目、四回目での宿泊でもお姿をあらわしてくれない座敷わらし様!

清涼な東北の朝の空気の中、重い気分で朝の食卓。それでもモズクの味噌汁が美味しい。それが余計に辛い。

東京に戻り、義理土産として大量に買い込んだ「白い恋人」をバイト先に持ち込みますればたちまちに包装紙は引き裂かれます。小袋に入った中身がバラバラ振りまかれた挙句、その日のうちにバイト仲間にザクザク食いしだかれて唾液とこね混ぜられ、胃袋に落とし込まれます。

翌日は「白い恋人」に喰いあぶれた人間からの非難集中

悪口雑言罵詈雑言、嫌味ネチネチ愚痴ダラダラ

嗚呼おそろしや、怖い怖い!

ケータイの番号は教えないくせにお土産は要求する

北海道を故郷に持つと苦労しますわさ。

長らくお待たせしました。

次回から、ついに目撃に成功しました平成十年春編です。

白い恋人 ホワイト 18枚入

金田一温泉 緑風荘 金田一温泉 緑風荘

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閑話休題 ナニャトヤラとその周辺 3

キリストが日本に来て死んでいた!

事実だったら西洋史はそれこそ根底からひっくり返ってしまいますね。

さておき、この珍説を当の新郷村民はどう思っているのでありましょうか。

外部から降って沸いたこの説を、現在では村の皆様は「否定もしなければ肯定もせず、そのかわり村おこしには使わせていただきます!」てな感じで楽しんでおられるご様子。

毎年六月初めには、このキリストのお墓の前でかの「ナニャドヤラ」を浴衣姿のおば様がたが歌い踊る。このお祭りにはなんと「イスラエル大使」も招かれたというのだからすごいではありませんか。

よそ様のホームページですが、ご覧ください。

http://b-spot.seesaa.net/article/20337439.html

何はともあれ、何が語源であれ、「なにゃとやら」は岩手県北部から青森県下北地方の盆踊り歌です。

ナニャトヤラ ナニャトナサレノ ナニャトヤラ

盆の 十六日ぁ 闇夜でねぇか 待ちだ十六日 今夜ばかり

南部名物 粟飯 稗飯 喉にひっからまる 干葉汁

南瓜もぐよ 姉コ貸さねから サヘ 南瓜もぐよ

オカルト本には載りようもない土着的な歌詞を即興でつけ、太鼓に合わせてホイサッサ、コラサッサと合いの手を入れて歌われる盆踊り歌であります。

http://www.arukikata.co.jp/shop/list/75.html

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閑話休題 ナニャトヤラとその周辺 2

岩手県九戸、二戸地方から青森県の三戸、上北地方一帯に伝わる盆踊り歌

なにゃとやら

なにゃとらや なにゃとなされの なにゃとやら・・・と延々歌いついで踊り明かすこの民謡は、「キリストが青森県新郷村で暮らした!」なる説の最大の証拠。

何でも正しい発音は

ナウギャド ヤラヤウ ナギアド ナサレーサヘ ナギャド ヤラヤウ 」。

この歌詞はヘブライ語で、いずれもユダヤ民族の最高神であり、キリスト教においても「唯一神」とされるヤハウェをたたえる歌だ!ということなのです。ううむ・・・

そしてさすが青森県。昭和初期に「キリスト渡来説」に沸き立った学者と信奉する者たちは

イタコにたのんでキリストの霊を呼ぶ!」という暴挙に及んだというからすごい!

さて昭和11年2月20日、小谷部全一郎博士がイタコに口寄せしてもらったところでは・・・

問  あなたはどなたですか。

答  ジーザズクライスト。日本名は天空なり。

問  越中富山の赤池皇大神宮に伝わる古文書に、あなたすなわちジーザズクライストが日本に渡来したと書        

   かれていますが真実ですか。

答  然り。真実である。

問  あなたはすなわちジーザズクライストはエルサレムで十字架にかかって死なず、無事に再び日本に帰っ 

   てこられたとありますが真実ですか。また日本の陸奥の国八戸に上陸し、全国を布教行脚し、戸来の地  

   にて天寿を全うされたとありますが真実ですか。

答  みなその通りに違いない。弟はわが身代わりになって死んだ。

さらに小谷部博士は、同年五月に今度は招霊研究会でにおいてもキリストの霊を招き、会話と続けてるというのです。

問  弟さんと歳は違っていましたろうに、どうして敵は見誤ったのですか。

答  弟とは三つ違いで、よく似ていた。

問  三つとは何のことですか。

答  三時間違い。吾と弟とは双子で、三時間違いで生まれたのである。

問  あなたには肉体の父はありますか。その父の名はなんといいますか。

答  その答には答えられない。

問  現下の日本と支那の戦争について、あなたは日本を護ってくださるか。

答  吾は人の目には見えざるも、純白の姿で日本の国を護り、日本の神道を拝して神に祈り、日本の勝利に   

    尽力する。

キリストは何故か神道信者

そして日本はやがてキリスト教国とも戦を開始するのですが・・・・。

ああ昭和初期。

続く。

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閑話休題 「なにゃとやら」とその周辺  1

理屈と膏薬はどこにでもつく、と申しますが、世間には「青森県の新郷村に『キリストの墓』がある!」という珍設があります。

昭和10年代、古代天皇家に仕え400歳の長寿を保ったという偉人、武内宿禰の子孫を名乗る武内巨麿が発見した古文書の中に

イエスキリストは33歳でエルサレムはゴルゴダの丘で十字架に掛けられて死んだのではない。死んだのは、身代わりになった弟のイスキリである。キリスト自身は追っ手を逃れて日本まで落ち延び、土地の娘を妻として106歳の天寿を全うした

などとあったから大変。さらに詳しくその「古文書」を紐解いてみれば

聖書などの記述ではキリストの青年時代は不明だが、実はキリストは青年時代来日し、青森で修行していた。

33歳でキリストは十字架に掛けられかけたが、弟のイスキリが身代わりとなって死んだ。だから三日後に「復活」したキリストは本人で、奇跡でもなんでもない。

その後ローマ官憲の追っ手を逃れて流浪し、四年のちに日本国八戸の港に上陸。日本名を「十大太郎大天空」と名乗り、土地の娘、ミユ子を娶って106歳の天寿を全うした。

そしてそのキリストが第二の人生を過ごし、葬られた場所が金田一温泉から程近い、「青森県三戸郡新郷村」。村内の二つの小さな古墳のうちの一つだというからすごい。この話が村側に伝わった時、村民はあっけに取られるやらあきれるやら。

ともあれ、新郷村がキリスト終焉の地として上げられる理由あれこれ。

①新郷村の元の地名は「戸来」(へらい)である。これはキリスト出世の地、ヘブライがなまったものである。

②この地方では、生後一ヶ月の赤子の額に墨で十字を書く奇習がある。

③キリストの娘が嫁入りしたという、沢口集落の沢口家の家紋が、ダビデの星マークと同じ。

そして、最後の理由がこの地方で舞い踊られる盆踊り歌、「ナニャトヤラ」です。

ナニャトヤラ ナニャトナサレノ ナニャトヤラ

続く

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座敷わらし探訪 平成9年夏 ナニャトヤラ編 その2

 平成9年8月下旬 岩手県二戸市金田一温泉緑風荘 槐の間

お給仕に現れた女将が障子を繰り、膳を運びこんだ瞬間に機械仕掛けの鳥が鳴く

ぴふぃ!ぴふぃふぅぃふぃふぃ!」

私は思わず

「アレ、(座敷わらしさんが)いらっしゃるようですね!」 などと叫んでしまったのであります。

女将さんは多少驚きの体で「この鳥、振動があったりすれば自動的に鳴くんですよ。 どうでしょうかね・・・」などと申されます。

例年のごとく白身魚のお刺し身、鮎の焼き物、焼きナスに紫蘇巻き鰊がおいしい晩の御膳をいただき、誰もいない大浴場でお風呂をいただく。部屋にタオルは用意されておりましたが、もとより貧乏性なものですから持参のタオルで湯を使う。朝に函館の湯の川温泉で使ったタオルに、金田一の湯が新たにしみこみます。

温泉のブレンドってどうなのかな。

温泉街の楽しみといえば、浴衣の上にドテラを重ね、下駄をカラカラ鳴らしての散策。緑風荘の玄関にも、歯が相当磨り減った下駄が用意されております。下駄は新品よりもある程度減ったほうがいい。

昭和末期のジャンプ愛好者でなくても「貧弱、貧弱ゥ!」と罵りたくなるような肉体を浴衣で覆った私は、下駄を履いて戸外へと足をすすめました。

もとより盆のころおいです。カパリカパリと下駄でジャリを踏みしめる私の足音にあわせ、遠くから太鼓の音がホトホトとかすかに流れてまいります。それにあわせる歌声。

なにゃとやら なにゃとなされの なにゃとやら

オオゥ!

オカルトマニア、超古代文明マニアの常識であります、岩手県、青森県民謡

なにゃとやら

ではありませぬか!

続く。

金田一温泉 緑風荘 金田一温泉 緑風荘

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座敷わらし探訪 平成9年夏 ナニャトヤラ編 その1

平成9年。

初夏はサカキバラ事件で大騒動の年のことでございます。

私は大学四年生。平成不況が次第次第に深まり、混迷を増す中での就職活動。夏に至ってもいい話なぞありませぬ。

この年の帰省は、行きは常磐線で仙台へ。仙台の友人宅で2泊ほどしてご迷惑をかけ、そこから北上して岩手県は素通り。海峡を渡って函館市をブラブラ。そして夜行で札幌へと向かいます。

北海道の実家で休暇を楽しんでのテレビ三昧。「ビーチボーイズ」で反町隆史や広末涼子のお美しい姿をたっぷり拝ませていただきましても心には焦りが目立ちます。親の言いようのない感情が交差する中での実家はむつかしい。そして東京へ戻る日がやってまいりました。

札幌から函館までは、寝台急行の「ミッドナイト」で惰眠をむさぼり、朝の内浦湾の壮大な夜明けで目が覚めます。函館に降り立ち、朝市で朝ごはん。市電で湯の川温泉に行って朝湯。昼の電車で海峡を超え、岩手県北部に着くのは午後4時ころでした。

そもそも何故今回に限って、北海道から東京に戻る道中で緑風荘に宿泊したか?

行きの時点では予約がいっぱいで、槐の間を取れなかったから。

見方を変えれば平成不況がいよいよ混迷を増し、それだけ座敷わらし様の御威光にすがろうとするような人々が増えてきたのですね。わたしもそのうちの一人。すみません。

駅に降り立って緑滴るような田園を30分も歩き、金田一温泉街に至って緑風荘に到着します。出迎えるご主人はすっかり私の顔をおぼえてらっしゃいました。長い夏の日を浴びる槐の間は、あいかわらずおもちゃの類があふれるようです。

ふと見れば、床の間の傍らの書院。老松を描いた見事な彫刻のところに

ちゃんちゃんこ

がかけてありました。ちゃんちゃんこの胸部分にはピンで紙がとめてあり、そこには「10年前にお姿を見せていただいてから何事も順調で・・・」と書かれております。現在札幌市在住の女性が幸福をいただいたお礼に、ちゃんちゃんこを奉納したとのこと。

うらやましい!

私も北海道出身者です。同郷のよしみで、せめて幸福をお分けください。

やがて女将が夕食の膳を運んでまいりました。その瞬間、床の間に置かれていたおもちゃの鳥

ぴふぃ!ぴふぃふぃふぃふぃ!」

と、けたたましく鳴いたのです・・・

続く。

「座敷わらしの出る旅館  岩手県二戸市 金田一温泉 緑風荘」

http://www9.plala.or.jp/ryokufuso/index02.html

金田一温泉 緑風荘 金田一温泉 緑風荘

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座敷わらし探訪 平成8年夏編 障子の鼓動

平成8年、1996年

携帯電話が出回り始めた年のことでございます。

この年も夏の休暇の北海道への帰省道中。青春18切符を買い込んで朝六時半に上野駅を出発します。

東北本線ではどうしても乗り継ぎがよくない、というのは昨年までの教訓。そこで今回は常磐線で仙台まで北上する算段であります。利根川下流の大鉄橋を越えれば常陸の国。延々と海岸線を進んで福島。阿武隈川を越え・・・ドン行列車で座りっぱなしで、下半身の血行がどうしても悪くなりますわさ。

しかし仙台からはどうしても乗り継ぎが悪く、結局岩手県北部に着いたのは夜の8時過ぎでした。平成元年ころ、「抱かれたい男№1」だった吉田栄作のポスターが貼られている金田一温泉駅に降り立ち夜の田舎道を歩んで緑風荘へ。なかなかスリルがある夜道でありました。

2週間ほど前に予約しておいた槐の間へ。まだこの年代では、簡単に宿泊予約が頼めたのです。いい時代です。

晩の御膳はやはり鮎の焼き物、テラピアの刺身、鰊の甘露煮。飯に合ってよろしい。そして岩手や青森あたりの名物である、ユウガオの味噌いためなどという珍味もいただきました。

風呂を済ませ、私は座敷わらし様への捧げものとして渋谷は宇田川町の奥にあるアジア系雑貨屋「仲屋むげん堂」で購入しました「口琴」を取り出しました。口琴とは、口を共鳴胴として響かせる、一種の弦楽器です。アイヌ民族や台湾原住民、中国雲南省の少数民族の間に伝承されておりますね。ユダヤ人も同じようなものを持っている、ということで、英語では「ジューズ・ハープ」と申します。私が買いましたのは、フィリピンの山岳民族に伝承されていましたもの。

しかし今考えれば、このようなものを座敷わらし様が受け取っても困るでしょうに・・・

床の間の框に口琴を横向きに置き、デンキを消して床につきました。

そして翌朝、やはりさわやかに目が覚めたのであります。東の光をいっぱいに受ける新館と旧館との渡り廊下では、昨晩の晩餐に供されたとおぼしき巨大ユウガオが、朝日を受けてみずみずしく光っております。

さわやかでもご対面は叶わず、落胆。私は槐の間に戻り、昨晩捧げ物として出した口琴を取り上げ、口にあてがって鳴らしました。

と、口琴の共鳴に合わせて障子が

「どぉん!どぉん!」と、太鼓のように共鳴するのです。驚くほど大きな音であります。

単に空気の振動では済まされません。もとよりこの緑風荘 槐の間は、決して気密性は高くないんです。典型的な日本建築。隣の間とのふすまをぴったり閉じても、欄間がガラアキ。空気は自由に通ります。そして隣の部屋は、また欄間でそのまま隣へと通じております。

空気が共鳴する空間としましては、かなり無理があるのです。ということは・・・・

「いらっしゃるようですね・・・」

私は口琴を丁寧に床の間の框に置きなおし、宿を後にしたのであります。

続く。

次回は平成9年夏、ナニャトラヤ編です。

金田一温泉 緑風荘 金田一温泉 緑風荘

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座敷わらし探訪 平成7年夏 美青年との一夜編 最終章

平成七年夏、冷夏の岩手県二戸市金田一温泉 緑風荘 槐の間。

二人で泊まっても、やはり北枕ではなく東枕にのべられた床に我々ふたりは身を横たえます。

寒冷地仕様に二枚重ねられた、夏掛けの布団。

そして八時間あまり・・・実にさわやかに目が覚めたのでありました。結局春のときと同じであったわけです。

春同様の朝食の膳を前にして、私は寝起きのK君に尋ねました。

「何かあったかぇ?」

ニヤニヤ笑いながら、はぐらかすようにK君は答えました。

「ラップ音がすごかったですねぇ」

ラップ音・・・

心霊マニアにはおなじみ、幽霊が出現する時にする独特の音です。

太鼓を叩くような「ドーン」という音。 もしくは木が裂けるような「パーン」という音があるとされております。

しかし人一倍耳のいい私には何も聞き取れず。

食事の後で、春に泊った時お世話になった清楚な女将さんが我々二人を大広間に案内し、黒々とした手斧ハツリの柱や梁が交差する、築300年の建築を案内してくださいました。さすがは近郷一番の豪農です。

今回もご対面叶わず煮えきらぬ思いのまま、私は冷夏の北海道へ、K君は猛暑の東京へ、北と南に金田一温泉駅を出発したのでありました。

さて今年平成19年の夏、K君は茨城県の有名な心霊スポットで心霊写真を撮影してからトラブル続き、お払いまでする騒ぎ。

私はといえば取材先に予定をすっぽかされた挙句はぐらかされて散々。

そしてこの文章を書くちょっと前に仮眠していたら、、

「枕元に置いてあった電気スタンドが音も無く浮き上がって私の顔をギラギラ照らす」

などという怪夢をみて慄いているのです。

続く。

次回からは、平成8年夏編です。

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座敷わらし探訪 平成7年夏 美青年との一夜編 その2

関東は猛暑でも東北は冷夏平成七年夏

私と美男子のK君は東北本線金田一温泉駅に降り立ち、温泉街へと徒歩で向かいます。オカルトマニアの間では交通事故が多く、霊現象のうわさもあることで「死号線」の異名もある国道四号線を突っ切り、連日の雨で青々としながらも冷夏で穂の出る気配はない稲田を抜け、馬淵川にかかる橋へとさしかかります。

雨で増水し、茶色くにごった水がモクモクと盛り上がりながら北へと流れ下る馬淵川。さすがに金田一温泉でも、水面から二本の脚が逆さに突き立っているわけではありません。

ヨキ、コト、キク・・・ スケキヨ!

口に漏斗!キチガイじゃが仕方が無い!

我々二人は雑草が生い茂る河畔を歩み、橋をわたる。金持ちのボンボンで歩きに慣れていないK君は「タクシー使えばよかった!」とわめき出します。もとより私はただ歩く分には20キロ30キロかまわなく、ましてや貧乏性でタクシーに金を出すなどとんでもない性分。生活が違うと苦労しますわ。そんな中でも、膝下で断ち切られたジーンズから覗く彼のスネは血の気を帯びてうす赤く滑らかでした。うらやましい。

タクシーでは初乗り料金でつける金田一温泉緑風荘はかれこれ30分も歩いて到着です。半月ほど前に電話で予約しておいた「槐の間」 (えんじゅのま)にイソイソと通される私ども。平成七年当時は、半月前で充分予約が取れたんです。

時刻は午後五時を多少過ぎたころ。長い夏の夕方。槐の間は春どおりにおもちゃの山です。私どもはまずお茶と南部煎餅を楽しみ、風呂を済ませ、七時の夕食時には互いの前に並べられた膳の料理にワクワクしながらビールを酌み交わします。酒の話題はサークルのグチ。

関東よりはかなりチャンネル数が少ないテレビを眺めながら時刻は深夜です。

いよいよ座敷わらし様が光臨されるかもしれない時刻。床の間や違い棚、書院にドッサリ並べられたおもちゃの類を眺めてみますと、その中にセーラームーンのイラストがありました。画用紙に手書きの。その絵を見てK君はニヤリと笑います。さてその絵の余白に

「午前0時ころ、『パキッ』という音を聞いた」

と有りました。我々二人はそれ以上の幸運に浴することは可能でありましょうか・・・

私は床の間に江ノ島のみやげ物屋、店先でいつも大きな猫が寝ている店で買ったウグイス笛をささげました。

K君も何かを捧げました。

デンキを消してから、何が始まるのでしょうか・・・

続く。

「岩手県二戸市金田一温泉 緑風荘」

http://www9.plala.or.jp/ryokufuso/index02.html

美少女戦士セーラームーン
©武内直子・PNP・東映アニメーション
提供:@niftyコンテンツ

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座敷わらし探訪 平成7年夏、美青年との一夜編 その1

平成7年・・

ほんにまぁ、大変な年でしたわさ。正月に阪神大震災、早春にオウム騒動発覚。春が深まるにつれて騒動は深まるばかり。

そして梅雨。前年の平成6年、1994年は全国的な空梅雨、大渇水で猛暑でしたがその年の関東地方は、とにかく梅雨がしつこかった。そして面白いことに、曜日と雨の神が癒着しているわけでも有るまいに、「火曜日には必ず雨が降る」のであります。

それでも梅雨が明ければ、関東は前年続きの猛暑。

さてその年の夏休み、私は夏季休暇中、某サークルの合宿で岩手県海岸部の漁村に滞在しておりました。どのようなサークルだったか?それはとても書けませんね。

時の流れに飲み込まれる中で、必死になって自我を保とうと抗いながらも沈みゆき、沈み行く中でも妙な優越感と自己満足に浸って周囲の濁流を軽蔑する・・・

そのようなサークルでした。それゆえ人間関係はドロドロ。合宿が行われた漁村の民宿、昭和63年の少年ジャンプがまだ置かれているような民宿の二階で、人間の内面が交差していたのであります。

関東地方は猛暑でも、東北に北海道は昨年とは打って変わって冷夏。身も心も寒い合宿を終え、私は一年後輩のK君とともにOBの運転する車で岩手県の海岸部から内陸の北上川流域、東北本線の花巻駅まで送ってもらいます。そこから二人して北へ向かう電車に乗るのです。

このK君、ドロドロのサークル内では本音を言える数少ない間柄だったのですが、私の「春、座敷わらし紀行」の噂を聞き込んでいたく興味を覚え、このたび「平成7年夏 座敷わらし探訪」の同行者と相成ったわけです。

しかし問題はこのK君。彼ははっきり言ってイケメン、というよりも正統派の美男子です。ルックスで言えば沖田ヒロユキか、小泉首相の息子である俳優さんのような顔立ちでしょうか。大きく見開かれ、星を宿した瞳に滑らかな肌。身長は180cmを越、手足も伸びやか。私と二人並んだらそのルックスの対比にあきれることしきりでしょう。現在は俳優その他をやっている彼。つい先日も彼の舞台を見て参りましたが、30を越しても美貌はそのまま、ものすごいオーラを放っているのでした。

うらやましい!

正午過ぎに花巻を出発。北へ向かう電車の中。地元の女の子たちが、私どものほうを見ながらコソコソ話をしております。話題は彼のことに相違ありません。うらやましい!嗚呼イケメン!

もっともイケメンの前段階である「イケてる」が生まれたのが平成十年、「イケメン」が成立したのは平成12年になったからでしたので、平成7年当時はいくらかっこよくともイケメンなどとはいいません。

ハンサムか、ナイスガイくらいでしょう。もしくは色男か、美男子か。

花巻から盛岡へ。そして岩手県北部の金田一温泉駅へついたのは午後四時半ころでしたでしょうか。二人して列車を降りる。早春の前回とは異なり、長い夏の日のもと、周囲はむせかえるような緑に包まれております。タクシーに乗るのは面白くない、歩いていこう!と私は彼をせかしました。東北本線から温泉街の間には、馬淵川という深い川があります。田んぼを超え、この川を越えて温泉街へ徒歩で向かう算段です。

続く

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座敷わらし探訪 平成七年 春編 最終章

平成7年3月下旬、朝八時の岩手県二戸市金田一温泉、緑風荘 槐の間(えんじゅのま)。

真東の方角から登った春分過ぎの太陽が馬淵川むこうの冬枯れ濃い丘陵をあかあかと照らし、西向きの緑風荘槐の間に柔らかな反射光を送ります。

障子を通して、青白いような朝の光に、床の間と違い棚、書院の人形やぬいぐるみの一団が照らされております。障子をカラリと繰れば壮大な田園風景。縁の下で枯れ草色の猫が「んにゃあ」と鳴きました。

「なーんだ」

昨晩私を慄かせた鳴き声は、ただの猫だったのです。

浴衣姿で槐の間を出、朝食の膳が用意された二間おいた座敷へとむかえば、宿泊客四名が膳に向かってモクモクと飯を食らっております。みな地元の湯治客風。そのなかで私は明らかに浮いていました。米の飯に生卵、昆布巻き、筋子、そしてイクラおろしにモズクの味噌汁、といった実に日本的な朝食の膳。筋子と飯の相性は最高でした。

朝食を終えて槐の間へ戻っても、なんら変わりはありません。朝風呂へ入り、荷物をまとめる。帰りがけに「座敷わらしの祠」を探るべく庭へ降り立ちます。そのテの本によれば、御当主が何度も一族の危機を救ってくれた座敷わらしに感謝し、庭に祠を建立したとのこと。

槐の間に程近い裏庭には、直径1mはあろうかという杉の巨木の切り株が点在しております。その少し西側にカエデや杉の中くらいの木立に囲まれ祠はありました。祠のなかには「水晶玉」が静かに光っておりました。

Photo_3

今度訪れる時はお姿を拝ませてもらえるべく、頭をさげて宿にしたのでありました。

札幌着は翌日の早朝になりました。

これで「平成7年 春編」は終了。

次回からは、「美青年との一夜、平成7年、夏編」とあいなります。

「岩手県二戸市金田一温泉 緑風荘」

http://www9.plala.or.jp/ryokufuso/index02.html

続く

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座敷わらし探訪 平成7年 春編その4

いわくつきの「槐の間」。戸外の縁側から聞こえ来る猫の鳴き声・・・

もうカンペキにオカルトの世界ですね。

蛍光灯はジジジと薄く鳴って十二畳の奥座敷を青白く照らす深夜零時過ぎ

お便所までは遠い。槐の間から抜け出して新館へと続く渡り廊下を歩み、その端まで行かなくてはなりません。せめてお便所だけには行っておこう、と座敷を抜け出しました。デンキはつけっぱなしにして。

足音が異様に響く廊下を歩めば、歪んだ鏡に浴衣姿の青白い私が映し出されます。

こわい・・・

用を済ませて手早く座敷に帰り着き、デンキを消せば座敷は真っ暗。過度な照明も無い田舎の温泉町のことですから、縁からもれ込む光もほとんど無く暗黒です。

春浅い東北の寒さ、分厚い掛け布団のなかにしっかりと身をもぐりこませました。頭も手足もしっかり布団のなかにもぐりこませて。

布団の中は絶対に安全

夜の幽霊が怖い子供が信じ込んでいたおまじない。これは全国的なもののようですね。

期待と恐怖がない交ぜになった高揚感のなかで、必死に目を開けていようとしても睡魔には勝てません。

そして・・・

八時間後、実にさわやかな朝の空気の中で目を覚ましたのであります。何事も無く。

平成7年3月下旬。座敷わらし様の降臨はあおげませんでした。

「岩手県二戸市金田一温泉 緑風荘」

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続く

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座敷わらし探訪 平成7年 春編その3

緑風荘旧館、南部曲屋曲がりの奥、控えの和室を二つ越した最奥の「槐の間」(えんじゅのま)にて、ゾロリと居並ぶ人形ぬいぐるみご一行様に囲まれて南部煎餅を食らうわたくし。

さて女将の手にて、夕食が運ばれてまいります。昔はさぞかし美人であったろうと思われる細造りの女将によって並べられる膳は一の膳から三の膳。最後に飯櫃と味噌汁が用意されます。

温泉の温水で飼育されたという熱帯魚、テラピアの刺身。貝の和え物。身欠きにしん甘露煮のしそ巻き、鮎の塩焼きに芽ショウガ。どれもこれも飯との相性が最高で、なおかつ「空腹」という最良の調味料が全身に滞留していたものですから、碗に盛り付けた飯とともにバクバク平らげます。

おかずの大半と三合入りの飯櫃の大半をあけ、重い腹をかかけて風呂場に向かう。風呂場は馬淵川の渓谷に面しており、階段を下りてたどりつきます。私一人だけでの入浴。円形の大浴槽の中心からモヤモヤと透明な湯が湧き出し、さびしいながらも和やかに入浴を済ませました。

部屋が「アレ」ですので、デンキをつけっぱなしにしていた「槐の間」に帰ってきてみれば床が延べられておりました。床の間と平行に。この槐の間の由来ともなった、エンジュの木の床柱を見渡せる位置に。エンジュとは、マメ科の樹木。材は硬く、木目が美しいので北日本では床柱や彫刻の原木によく使われます。北海道名物の木彫りの熊も、この木が使われる場合が多い。

しかし「木偏に鬼」。なんともアレではありませんか。座敷わらし様は、この柱の前に現れると申します。

幸いにも、床は「東枕」にのべられていました。「北枕」ではなくて。

東京の三分の二ほどのチャンネルのテレビをつければ、多少画面が歪みます。これも「アレ」でしょうか。

蛍光灯がジジジジィと鳴ります。時刻はすでに午前零時を回っております。

縁側のそとでンニャァ・・・と猫が鳴きました・・・

続く

Photo_2

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座敷わらし探訪 平成7年春編 その2

平成7年3月下旬、オウムの強制捜査が始まってから数日後の午後九時過ぎ、岩手県北部は東北本線金田一温泉駅のことでございます。

実にさびしい、ガランとした駅でありました。一応有人駅ではありましたが、ホームにもコンクリート造りの駅舎にも私以外の旅客はおらず、ただ蛍光灯がジジジと鳴って構内を青白く照らしていました。

横溝正史の世界に来たぞぉ!」

私は一人ごちました。タタリじゃタタリじゃ!水面から伸びる脚二本!ゴム仮面バンザイ!

ガランとした駅前でも、タクシーが一台停まっております。学生にタクシーは贅沢ながら乗り込み、「緑風荘まで」と伝えました。タクシーは深い川の大橋をわたり夜の田園を走り、初乗り料金のままで停車します。

「緑風荘」

じつにあっけない到着でした。昭和中期風の建築様式の新館玄関から、蛍光灯の青白い光が漏れ出して玄関のジャリを照らしております。主人は予約しながらもあまりに遅く到着した私を、心配そうに出迎えてくれました。

(当時は、夏季の繁盛期を別とすれば、半月前には槐の間の予約がとれたのです。)

昭和中期の田舎の小学校のような新館。休み時間に女の子がオルガン弾いているような新館。荷物を持った私とご主人はロビーを抜け、有名人のサインが目白押し、なおかつやたらと足音が響く渡り廊下を抜け、板場の隣の広い廊下を抜けて旧館、つまり槐の間がある南部曲屋建築へと入っていきます。

暖簾をくぐれば、西側に面した縁側。この一番奥が「槐の間」。座敷わらし様がいらっしゃるという、12畳の奥座敷です。多少隙間が出来た障子を、スラリと繰ります。

「うわ!」

蛍光灯に照らし出されたのは、床の間から違い棚、書院にあふれかえる人形、ぬいぐるみ、おもちゃの数々でした。すべて座敷わらし様を拝むために訪れたお客がご尊顔を拝するために捧げたものであり、あるいはお姿を拝ませていただいたお礼であります。

Photo

おもちゃを持たずに来てしまったことを、多少公開しました。

自分の手で茶をいれ、茶菓子に添えられた南部煎餅を噛み締めます。南部煎餅は、端っこのパリパリした部分を先に噛み取ってから、おもむろに真ん中を食いしだく。

お人形やぬいぐるみの視線が集中する中での一人でのお茶・・・

続く

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座敷わらし探訪 平成7年春編 その1

平成7年、1995年といえば散々な年でしたね。

年明け早々に阪神大震災で7000人近い死者を出し、そして春になったらばオウム事件が出るわ出るわ・・・

当時私は北海道の実家を離れ、東京都内の大学に通っておりました。長期休暇には田舎に帰るわけですが、飛行機は高所恐怖症で怖い。寝台特急「北斗星」は値段が高く、しかも寝ているばかりで面白くない。歴史の浅い北海道とは異なる、「内地」の風土をじっくり味わって帰りたい。そう考えて、「青春18きっぷ」を購入しました。普通列車のみでしか乗れないが、一日の間ならばいくらでも途中下車自由の切符が五枚一組で1万円あまり。これで帰ってやろうと思ったわけです。当時は上野から札幌まで上手く乗り継げば、宿泊込みとはいえドン行列車で往復可能だったのですよ。こののんびり旅の中で、内地の風土を存分に味わってやろう、ともくろんだのです。途中下車自由ですから。

朝3時ころに起きて身支度整えて私鉄の始発に乗り、上野まで行く。そして朝六時半初の東北本線へ乗ります。そして荒川を超えて街を過ぎ、関東平野の屋敷林と瓦屋根を眺める。地元とは大違い。北海道では針葉樹の防風林とトタン屋根ですから。ケヤキの大木が枝を四方八方に伸ばしている。内地っていいなぁ。

子供の頃から温暖で雪が降らず、歴史があって瓦屋根が連なる「内地」に憧れていました

栃木の黒磯あたりで電車は終点を迎えます。次の列車に乗り継いで北に向かう。しかし福島と宮城の県境の山の手前でまた終点を迎え、ここで次の電車まで1時間半も待たされる。結局、仙台着は午後三時ころです。

名物の牛タンも食いそびれて餡パンで腹をごまかし、北上すればようやく岩手県。しかし岩手県といえば、北海道の次に広い都道府県です。南部の一関に入り、延々北上する。ドン行列車専用の切符ゆえ、特急には乗り換えれません。北上川沿いに北上し、宮沢賢治のふるさと花巻を過ぎ、県都の盛岡着は午後7時。座りっぱなしで尻はしびれっぱなしです。

ここからさらに北上するのです。

お目当ての「金田一温泉駅」着は、もう午後9時を過ぎておりました・・・

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座敷わらしの出る御宿 『緑風荘』

平成中期に至る今現在でも、岩手県内には「座敷わらしが住まう」といわれている旧家が数件はあります。

しかし「我が家に出る!」などと住人が公表するはずはありませんね。そうなれば下手なオカルトマニアやマスコミが日参し、家人の生活は大混乱。その騒ぎで、肝心の座敷わらしが愛想をつかして出て行きでもしたら・・・

しかしそのような旧家の中で、座敷わらしの存在を公表し、一見の外部の人々でも座敷わらし様を拝めるチャンスに恵まれる、ありがたいお宅があります。

それが、岩手県北部、二戸市の金田一温泉にある温泉旅館「緑風荘」。

古くは鎌倉時代終わりに開祖を持つという旧家、五日市家の経営。戦前まではこの近郷一帯の大地主で、今でも堂々たる「南部曲がり屋」の建築様式の建築を周囲に誇っています。

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「曲がり屋」とは、岩手県独特の民家の建築様式で、上から見れば「L」の字、¬型に曲がった家の形です。馬屋と母屋をつなげ、台所の竈から出た温かい空気が馬の背中をなでて戸外へ出てゆく。古くは馬の育成が盛んだったこの土地ならではの、馬を思いやった生活の知恵です。

http://www9.plala.or.jp/ryokufuso/index02.html

緑風荘は、一見したところ昭和30年代に立てられた田舎の小学校風建築の新館と、先ほど記した南部曲がり屋建築の休館とに別れております。座敷わらし様がお住まいになっているのは先ほど書いた「旧館」12畳の奥座敷、「槐の間」(えんじゅのま)。

伝説では、南北朝時代、時の当主の長男、亀麿(かめまろ)が幼くして亡くなり、その後家を守る霊として「座敷わらし」になったと申します。

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槐の間に泊り、幸運に行き当たれば亀麿様を拝める。さらに拝めれば幸福にいきあたる。

古くは岩手県出身の「平民宰相」、原敬。近年では漫画家のつのだじろうがその姿を拝んでいます。

つのだじろう氏がそのときの記憶をもとに描いた座敷わらしのイラストは、テレビの中で「まばたき」をした、と全国の話題をさらいました。

座敷わらし様に会いたく、槐の間宿泊希望を願うお客は引きも切りません。

平成15年に私が緑風荘のホームページを開いてみましたら、「槐の間の予約は平成17年まですべて埋まっております」とのこと。今、平成19年10月にホームページを開きましたら、「槐の間の予約は平成21年から」とのこと。

それだけ人気なのです。泊れるだけでも幸運なのです。

次回からは、私が平成7年初春に初めて「槐の間」に泊り、以後数年掛けてようやく「お姿」を拝められるまでの経緯、そしてその後を書いてみたい、と思います。

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座敷わらしとは?

皆さんは「座敷わらしという妖怪をご存知でしょうか?

東北地方、特に旧南部藩の領域の旧家に住み着いているという、子供の姿をした妖怪です。

この座敷わらしが住まう屋敷は代々富み栄え、さらにその姿を見たものは幸福に出会うと申しますが、何かの都合で座敷わらしが愛想をつかしたり、あるいは飽きてしまって他の家に引っ越してしまったならば、その家はたちまち落ちぶれると伝えられております。

有名な話では、日本民俗学の開祖と伝えられる柳田国男の『遠野物語』。その中に収録されたものでは

山口の旧家山口孫左衛門の家には、二人の童女の神がいると伝えられていた。ある時、同じ村の男が町から帰る途中、見慣れない二人の美しい娘が物思わしげに歩いてくるのに出逢った。どこから来たかと問うと、「山口の孫左衛門の家から」と言う。どこへ行くかと聞くと、「何某の家へ」と答える。

男は、「孫左衛門が世も末だな」と思ったが、それからしばらくして、孫左衛門宅の庭先に見慣れないきのこが生えた。主人は「見知らぬ茸などは食べるものではない」と戒めたが、老僕が「どんな毒茸でも、苧柄(皮をはいだ麻の茎)と一緒に水に漬ければ毒も消えてしまう」といい、主人もそれを信じてその通りに料理したところが、主人はおろか雇い人まで二十名あまりが毒に当たって死んだ。昼飯時に遅れた幼い娘のみが難を逃れたが、親戚一同が「孫左衛門との生前の約束で」との口実で家財道具一切を持ち去り、残った娘も独身のまま死んで孫左衛門の一族は滅びた

との恐ろしい話があります。

また、岩手に生まれ育ち、岩手の、イーハトーブの風土を心より愛した宮沢賢治の短編「ざしき童子」の話では

明るい昼間、家のものがみな働きにでた留守宅のなかで、どこかの座敷でざわっざわっと箒で掃く音がする。

十人の子供が手つなぎ輪遊びをしていたら、いつの間にか十一人になっていた。どれも知っている顔で、どれも同じ顔が無い。それでも、何度数えても十一人いる。

北上川の渡し守が、深夜呼び声で起こされた。船を出して川向こうに行けば、紋付を着て刀を差し、白緒のぞうりを履いたきれいな子供がいた。子供を船に乗せて漕ぎ出し、川の中ほどまで来たあたりで「今時分に一人でどこに行くか?」とたずねたら、「笹田の家には長いこといたがもう飽きたので、今度は更木の齋藤へ行くよ」との答え。何故飽きたのか、とたずねても笑って答えない。船が岸に着いたら、子供はもういない。その後、笹田の家は落ちぶれ、齋藤の家はずいぶんと栄えた

宮沢賢治は、「こんなのがざしき童子です。」と話を締めくくっています。

座敷わらしは家の盛衰を左右する妖怪。一説では、飢饉の年に間引かれた子供が、家を守る霊として昇華されたもの、とも申します。

この座敷わらしも戦後の都市化、人心の変化ゆえか次々ととの伝承が絶えていきましたが、岩手県の北部、二戸市の金田一温泉、ここの由緒ある旅館「緑風荘」の奥座敷に、今でもその姿を表すといわれております。

この座敷わらしを「見たい!」と思いつめて数年間通いつめ、ついに目撃した私の話をまぁ読んでくださいませ。

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