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2007年10月

ついに目撃!平成10年初春 「恋は水色」編 その2

平成10年

晩冬初春の北上平野。

東北本線を真北に向かう列車は、真西から差す夕をまともに浴びます。寒冷地仕様の座席の床暖房は貧弱な私の足をあぶり、耐え切れずに立ち上がって西側のドアの脇に立ち尽くして熱を揉み解します。

就職活動をあきらめ整髪を忘れた私の髪は肩までとどき、ダウンジャケットの襟がガサリガサリと鳴る。稜線にかからんとする夕日が、キューティクル剥がれ落ちた私の髪を黄金色に照らします。

同時に肩の辺り、後頭部になんとも不愉快な視線を感じる。

振り向けば先ほど東がわの座席に陣取っていた地元のホスト集団、耳打ちしながら私をけなしあっている。立ち上がっている様子を「エエカッコシイ」だとでも思ったようです。

世の中には奇妙なことで異様な敵意や対抗意識を燃やしてくるヤカラもいるから恐ろしい。

それでも列車は進みます。岩手県北部は遠い。まるで田舎から出て勉学を極めんとするイーハートーブのグスコーブドリの如く、汽車さえ鈍いと感じる私。ブドリ少年は青雲の志に燃えて都に出、私は都に負けて北に向かう。

ああ、演歌の世界

春のまだ短い日は落ち、午後七時過ぎの盛岡。九時近くになってようやく緑風荘のある金田一温泉駅です。それでも座敷わらし探訪がやめられない私です。

貧乏性ゆえにタクシーなど使わず、徒歩で駅から金田一温泉まで。東北にも春の足音は忍び寄り、雪は赤松の幹から円周になって融け去ります。解けた雪は馬淵川の水面をモクモクとうごめかせ、アスファルト道を静かにぬらす。

緑風荘はやはり蛍光灯の光を戸外に投げかけております。道の小砂利に影を与え、薪割り台につきたてられたがチラリと光ります・・・

続く

金田一温泉 緑風荘 金田一温泉 緑風荘

地域:安比高原・八幡平・二戸
特色:自然の懐に育まれた幸運を呼ぶといわれる座敷童子伝説の宿
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ついに目撃!平成10年初春 「恋は水色」編 その1

あけて平成10年春

親の因果が子に報う団塊ジュニア。親の世代の数の多さゆえに大量繁殖した団塊ジュニア。学歴信仰がいまだ健在ななかで中高時代を送り、受験の折はお互いに足を引っ張り合って大苦難。それでようやっと進学してサァ卒業、就職活動!と思ったらば不景気が拍車をかける。

そんな状況で文学青年のならい、世の中の仕組みも出版流通のしくみも理解しえぬままで大規模出版社のみ受験しまくった私に音沙汰はなく、打ちひしがれての実家帰り。春先に短く切りそろえた髪は黒いダウンジャケットの襟をガサガサならすほどに伸びておりました。当時流行の、黒いダウンジャケット。アムロとデキ婚したサムが会見で着ていた黒いダウンジャケット。

冬枯れの関東平野を淡い晩冬初春の日が照らす中の北向であります。バタフライナイフ殺傷事件が新聞をにぎわし、沈丁花の花が香る平成10年の早春。

例の如く18切符で上野を発ち、常磐線で仙台へ。仙台から東北本線へ。

座席に陣取る地元の「イケてる」茶髪青年数人、その当時の流行であったモード系スーツを着こなしては稼業のホスト談義。おなごをたらしこむ術を自慢しあっています。生々しく俗でベタベタした内容が、聞かずとも私の耳に入ってまいります。気分をごまかそうと鞄から3年前に買い込んだ、温泉水でゴワゴワになったガイドブックを取り出してページペラペラめくっても気は晴れない。

座席は寒冷地仕様の床暖房システム。ちくちくした化学繊維から熱が沸き起こり、ジーンズを通り越して足を熱します。その熱攻めに耐え切れず席を立ち、進行方向左側、つまり西側の入り口そばに立って足を揉み解します。

夕暮れの北上川流域。春分ころの真西に沈まんとする夕日が稲の切り株を照らします。切り株は真東に影を送ります。私のキューティクルが剥がれ落ちた髪も黄金色に染まります・・・

続く。

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座敷わらし探訪 平成9年夏 ナニャトヤラ編 その3

お話を平成9年夏、座敷わらし探訪に戻しましょうね。

湯上りの金田一温泉散策にてナニャトヤラを聞いた私めは槐の間に戻り、函館駅のみやげ物屋で買ってきました今回の「捧げもの」を取り出します。

平成7年夏には「ウグイス笛」捧げてお目にかかれず

平成8年夏には「口琴」捧げてお目にかかれず

つまり、「おもちゃ」や「マニアックな民具」に座敷わらし様は興味を持ってくれない、ということであります。

そこでオーソドックスに「お菓子」でいきました。北海道土産には定番の「白い恋人」であります。

槐の木の床柱の前に捧げてデンキを消して蒲団に潜って目を閉じて・・・

ああ!翌朝実にさわやかに目が覚めました。

これで三年目、四回目での宿泊でもお姿をあらわしてくれない座敷わらし様!

清涼な東北の朝の空気の中、重い気分で朝の食卓。それでもモズクの味噌汁が美味しい。それが余計に辛い。

東京に戻り、義理土産として大量に買い込んだ「白い恋人」をバイト先に持ち込みますればたちまちに包装紙は引き裂かれます。小袋に入った中身がバラバラ振りまかれた挙句、その日のうちにバイト仲間にザクザク食いしだかれて唾液とこね混ぜられ、胃袋に落とし込まれます。

翌日は「白い恋人」に喰いあぶれた人間からの非難集中

悪口雑言罵詈雑言、嫌味ネチネチ愚痴ダラダラ

嗚呼おそろしや、怖い怖い!

ケータイの番号は教えないくせにお土産は要求する

北海道を故郷に持つと苦労しますわさ。

長らくお待たせしました。

次回から、ついに目撃に成功しました平成十年春編です。

白い恋人 ホワイト 18枚入

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閑話休題 ナニャトヤラとその周辺 3

キリストが日本に来て死んでいた!

事実だったら西洋史はそれこそ根底からひっくり返ってしまいますね。

さておき、この珍説を当の新郷村民はどう思っているのでありましょうか。

外部から降って沸いたこの説を、現在では村の皆様は「否定もしなければ肯定もせず、そのかわり村おこしには使わせていただきます!」てな感じで楽しんでおられるご様子。

毎年六月初めには、このキリストのお墓の前でかの「ナニャドヤラ」を浴衣姿のおば様がたが歌い踊る。このお祭りにはなんと「イスラエル大使」も招かれたというのだからすごいではありませんか。

よそ様のホームページですが、ご覧ください。

http://b-spot.seesaa.net/article/20337439.html

何はともあれ、何が語源であれ、「なにゃとやら」は岩手県北部から青森県下北地方の盆踊り歌です。

ナニャトヤラ ナニャトナサレノ ナニャトヤラ

盆の 十六日ぁ 闇夜でねぇか 待ちだ十六日 今夜ばかり

南部名物 粟飯 稗飯 喉にひっからまる 干葉汁

南瓜もぐよ 姉コ貸さねから サヘ 南瓜もぐよ

オカルト本には載りようもない土着的な歌詞を即興でつけ、太鼓に合わせてホイサッサ、コラサッサと合いの手を入れて歌われる盆踊り歌であります。

http://www.arukikata.co.jp/shop/list/75.html

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閑話休題 ナニャトヤラとその周辺 2

岩手県九戸、二戸地方から青森県の三戸、上北地方一帯に伝わる盆踊り歌

なにゃとやら

なにゃとらや なにゃとなされの なにゃとやら・・・と延々歌いついで踊り明かすこの民謡は、「キリストが青森県新郷村で暮らした!」なる説の最大の証拠。

何でも正しい発音は

ナウギャド ヤラヤウ ナギアド ナサレーサヘ ナギャド ヤラヤウ 」。

この歌詞はヘブライ語で、いずれもユダヤ民族の最高神であり、キリスト教においても「唯一神」とされるヤハウェをたたえる歌だ!ということなのです。ううむ・・・

そしてさすが青森県。昭和初期に「キリスト渡来説」に沸き立った学者と信奉する者たちは

イタコにたのんでキリストの霊を呼ぶ!」という暴挙に及んだというからすごい!

さて昭和11年2月20日、小谷部全一郎博士がイタコに口寄せしてもらったところでは・・・

問  あなたはどなたですか。

答  ジーザズクライスト。日本名は天空なり。

問  越中富山の赤池皇大神宮に伝わる古文書に、あなたすなわちジーザズクライストが日本に渡来したと書        

   かれていますが真実ですか。

答  然り。真実である。

問  あなたはすなわちジーザズクライストはエルサレムで十字架にかかって死なず、無事に再び日本に帰っ 

   てこられたとありますが真実ですか。また日本の陸奥の国八戸に上陸し、全国を布教行脚し、戸来の地  

   にて天寿を全うされたとありますが真実ですか。

答  みなその通りに違いない。弟はわが身代わりになって死んだ。

さらに小谷部博士は、同年五月に今度は招霊研究会でにおいてもキリストの霊を招き、会話と続けてるというのです。

問  弟さんと歳は違っていましたろうに、どうして敵は見誤ったのですか。

答  弟とは三つ違いで、よく似ていた。

問  三つとは何のことですか。

答  三時間違い。吾と弟とは双子で、三時間違いで生まれたのである。

問  あなたには肉体の父はありますか。その父の名はなんといいますか。

答  その答には答えられない。

問  現下の日本と支那の戦争について、あなたは日本を護ってくださるか。

答  吾は人の目には見えざるも、純白の姿で日本の国を護り、日本の神道を拝して神に祈り、日本の勝利に   

    尽力する。

キリストは何故か神道信者

そして日本はやがてキリスト教国とも戦を開始するのですが・・・・。

ああ昭和初期。

続く。

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閑話休題 「なにゃとやら」とその周辺  1

理屈と膏薬はどこにでもつく、と申しますが、世間には「青森県の新郷村に『キリストの墓』がある!」という珍設があります。

昭和10年代、古代天皇家に仕え400歳の長寿を保ったという偉人、武内宿禰の子孫を名乗る武内巨麿が発見した古文書の中に

イエスキリストは33歳でエルサレムはゴルゴダの丘で十字架に掛けられて死んだのではない。死んだのは、身代わりになった弟のイスキリである。キリスト自身は追っ手を逃れて日本まで落ち延び、土地の娘を妻として106歳の天寿を全うした

などとあったから大変。さらに詳しくその「古文書」を紐解いてみれば

聖書などの記述ではキリストの青年時代は不明だが、実はキリストは青年時代来日し、青森で修行していた。

33歳でキリストは十字架に掛けられかけたが、弟のイスキリが身代わりとなって死んだ。だから三日後に「復活」したキリストは本人で、奇跡でもなんでもない。

その後ローマ官憲の追っ手を逃れて流浪し、四年のちに日本国八戸の港に上陸。日本名を「十大太郎大天空」と名乗り、土地の娘、ミユ子を娶って106歳の天寿を全うした。

そしてそのキリストが第二の人生を過ごし、葬られた場所が金田一温泉から程近い、「青森県三戸郡新郷村」。村内の二つの小さな古墳のうちの一つだというからすごい。この話が村側に伝わった時、村民はあっけに取られるやらあきれるやら。

ともあれ、新郷村がキリスト終焉の地として上げられる理由あれこれ。

①新郷村の元の地名は「戸来」(へらい)である。これはキリスト出世の地、ヘブライがなまったものである。

②この地方では、生後一ヶ月の赤子の額に墨で十字を書く奇習がある。

③キリストの娘が嫁入りしたという、沢口集落の沢口家の家紋が、ダビデの星マークと同じ。

そして、最後の理由がこの地方で舞い踊られる盆踊り歌、「ナニャトヤラ」です。

ナニャトヤラ ナニャトナサレノ ナニャトヤラ

続く

Photo_7

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座敷わらし探訪 平成9年夏 ナニャトヤラ編 その2

 平成9年8月下旬 岩手県二戸市金田一温泉緑風荘 槐の間

お給仕に現れた女将が障子を繰り、膳を運びこんだ瞬間に機械仕掛けの鳥が鳴く

ぴふぃ!ぴふぃふぅぃふぃふぃ!」

私は思わず

「アレ、(座敷わらしさんが)いらっしゃるようですね!」 などと叫んでしまったのであります。

女将さんは多少驚きの体で「この鳥、振動があったりすれば自動的に鳴くんですよ。 どうでしょうかね・・・」などと申されます。

例年のごとく白身魚のお刺し身、鮎の焼き物、焼きナスに紫蘇巻き鰊がおいしい晩の御膳をいただき、誰もいない大浴場でお風呂をいただく。部屋にタオルは用意されておりましたが、もとより貧乏性なものですから持参のタオルで湯を使う。朝に函館の湯の川温泉で使ったタオルに、金田一の湯が新たにしみこみます。

温泉のブレンドってどうなのかな。

温泉街の楽しみといえば、浴衣の上にドテラを重ね、下駄をカラカラ鳴らしての散策。緑風荘の玄関にも、歯が相当磨り減った下駄が用意されております。下駄は新品よりもある程度減ったほうがいい。

昭和末期のジャンプ愛好者でなくても「貧弱、貧弱ゥ!」と罵りたくなるような肉体を浴衣で覆った私は、下駄を履いて戸外へと足をすすめました。

もとより盆のころおいです。カパリカパリと下駄でジャリを踏みしめる私の足音にあわせ、遠くから太鼓の音がホトホトとかすかに流れてまいります。それにあわせる歌声。

なにゃとやら なにゃとなされの なにゃとやら

オオゥ!

オカルトマニア、超古代文明マニアの常識であります、岩手県、青森県民謡

なにゃとやら

ではありませぬか!

続く。

金田一温泉 緑風荘 金田一温泉 緑風荘

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座敷わらし探訪 平成9年夏 ナニャトヤラ編 その1

平成9年。

初夏はサカキバラ事件で大騒動の年のことでございます。

私は大学四年生。平成不況が次第次第に深まり、混迷を増す中での就職活動。夏に至ってもいい話なぞありませぬ。

この年の帰省は、行きは常磐線で仙台へ。仙台の友人宅で2泊ほどしてご迷惑をかけ、そこから北上して岩手県は素通り。海峡を渡って函館市をブラブラ。そして夜行で札幌へと向かいます。

北海道の実家で休暇を楽しんでのテレビ三昧。「ビーチボーイズ」で反町隆史や広末涼子のお美しい姿をたっぷり拝ませていただきましても心には焦りが目立ちます。親の言いようのない感情が交差する中での実家はむつかしい。そして東京へ戻る日がやってまいりました。

札幌から函館までは、寝台急行の「ミッドナイト」で惰眠をむさぼり、朝の内浦湾の壮大な夜明けで目が覚めます。函館に降り立ち、朝市で朝ごはん。市電で湯の川温泉に行って朝湯。昼の電車で海峡を超え、岩手県北部に着くのは午後4時ころでした。

そもそも何故今回に限って、北海道から東京に戻る道中で緑風荘に宿泊したか?

行きの時点では予約がいっぱいで、槐の間を取れなかったから。

見方を変えれば平成不況がいよいよ混迷を増し、それだけ座敷わらし様の御威光にすがろうとするような人々が増えてきたのですね。わたしもそのうちの一人。すみません。

駅に降り立って緑滴るような田園を30分も歩き、金田一温泉街に至って緑風荘に到着します。出迎えるご主人はすっかり私の顔をおぼえてらっしゃいました。長い夏の日を浴びる槐の間は、あいかわらずおもちゃの類があふれるようです。

ふと見れば、床の間の傍らの書院。老松を描いた見事な彫刻のところに

ちゃんちゃんこ

がかけてありました。ちゃんちゃんこの胸部分にはピンで紙がとめてあり、そこには「10年前にお姿を見せていただいてから何事も順調で・・・」と書かれております。現在札幌市在住の女性が幸福をいただいたお礼に、ちゃんちゃんこを奉納したとのこと。

うらやましい!

私も北海道出身者です。同郷のよしみで、せめて幸福をお分けください。

やがて女将が夕食の膳を運んでまいりました。その瞬間、床の間に置かれていたおもちゃの鳥

ぴふぃ!ぴふぃふぃふぃふぃ!」

と、けたたましく鳴いたのです・・・

続く。

「座敷わらしの出る旅館  岩手県二戸市 金田一温泉 緑風荘」

http://www9.plala.or.jp/ryokufuso/index02.html

金田一温泉 緑風荘 金田一温泉 緑風荘

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座敷わらし探訪 平成8年夏編 障子の鼓動

平成8年、1996年

携帯電話が出回り始めた年のことでございます。

この年も夏の休暇の北海道への帰省道中。青春18切符を買い込んで朝六時半に上野駅を出発します。

東北本線ではどうしても乗り継ぎがよくない、というのは昨年までの教訓。そこで今回は常磐線で仙台まで北上する算段であります。利根川下流の大鉄橋を越えれば常陸の国。延々と海岸線を進んで福島。阿武隈川を越え・・・ドン行列車で座りっぱなしで、下半身の血行がどうしても悪くなりますわさ。

しかし仙台からはどうしても乗り継ぎが悪く、結局岩手県北部に着いたのは夜の8時過ぎでした。平成元年ころ、「抱かれたい男№1」だった吉田栄作のポスターが貼られている金田一温泉駅に降り立ち夜の田舎道を歩んで緑風荘へ。なかなかスリルがある夜道でありました。

2週間ほど前に予約しておいた槐の間へ。まだこの年代では、簡単に宿泊予約が頼めたのです。いい時代です。

晩の御膳はやはり鮎の焼き物、テラピアの刺身、鰊の甘露煮。飯に合ってよろしい。そして岩手や青森あたりの名物である、ユウガオの味噌いためなどという珍味もいただきました。

風呂を済ませ、私は座敷わらし様への捧げものとして渋谷は宇田川町の奥にあるアジア系雑貨屋「仲屋むげん堂」で購入しました「口琴」を取り出しました。口琴とは、口を共鳴胴として響かせる、一種の弦楽器です。アイヌ民族や台湾原住民、中国雲南省の少数民族の間に伝承されておりますね。ユダヤ人も同じようなものを持っている、ということで、英語では「ジューズ・ハープ」と申します。私が買いましたのは、フィリピンの山岳民族に伝承されていましたもの。

しかし今考えれば、このようなものを座敷わらし様が受け取っても困るでしょうに・・・

床の間の框に口琴を横向きに置き、デンキを消して床につきました。

そして翌朝、やはりさわやかに目が覚めたのであります。東の光をいっぱいに受ける新館と旧館との渡り廊下では、昨晩の晩餐に供されたとおぼしき巨大ユウガオが、朝日を受けてみずみずしく光っております。

さわやかでもご対面は叶わず、落胆。私は槐の間に戻り、昨晩捧げ物として出した口琴を取り上げ、口にあてがって鳴らしました。

と、口琴の共鳴に合わせて障子が

「どぉん!どぉん!」と、太鼓のように共鳴するのです。驚くほど大きな音であります。

単に空気の振動では済まされません。もとよりこの緑風荘 槐の間は、決して気密性は高くないんです。典型的な日本建築。隣の間とのふすまをぴったり閉じても、欄間がガラアキ。空気は自由に通ります。そして隣の部屋は、また欄間でそのまま隣へと通じております。

空気が共鳴する空間としましては、かなり無理があるのです。ということは・・・・

「いらっしゃるようですね・・・」

私は口琴を丁寧に床の間の框に置きなおし、宿を後にしたのであります。

続く。

次回は平成9年夏、ナニャトラヤ編です。

金田一温泉 緑風荘 金田一温泉 緑風荘

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座敷わらし探訪 平成7年夏 美青年との一夜編 最終章

平成七年夏、冷夏の岩手県二戸市金田一温泉 緑風荘 槐の間。

二人で泊まっても、やはり北枕ではなく東枕にのべられた床に我々ふたりは身を横たえます。

寒冷地仕様に二枚重ねられた、夏掛けの布団。

そして八時間あまり・・・実にさわやかに目が覚めたのでありました。結局春のときと同じであったわけです。

春同様の朝食の膳を前にして、私は寝起きのK君に尋ねました。

「何かあったかぇ?」

ニヤニヤ笑いながら、はぐらかすようにK君は答えました。

「ラップ音がすごかったですねぇ」

ラップ音・・・

心霊マニアにはおなじみ、幽霊が出現する時にする独特の音です。

太鼓を叩くような「ドーン」という音。 もしくは木が裂けるような「パーン」という音があるとされております。

しかし人一倍耳のいい私には何も聞き取れず。

食事の後で、春に泊った時お世話になった清楚な女将さんが我々二人を大広間に案内し、黒々とした手斧ハツリの柱や梁が交差する、築300年の建築を案内してくださいました。さすがは近郷一番の豪農です。

今回もご対面叶わず煮えきらぬ思いのまま、私は冷夏の北海道へ、K君は猛暑の東京へ、北と南に金田一温泉駅を出発したのでありました。

さて今年平成19年の夏、K君は茨城県の有名な心霊スポットで心霊写真を撮影してからトラブル続き、お払いまでする騒ぎ。

私はといえば取材先に予定をすっぽかされた挙句はぐらかされて散々。

そしてこの文章を書くちょっと前に仮眠していたら、、

「枕元に置いてあった電気スタンドが音も無く浮き上がって私の顔をギラギラ照らす」

などという怪夢をみて慄いているのです。

続く。

次回からは、平成8年夏編です。

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座敷わらし探訪 平成7年夏 美青年との一夜編 その2

関東は猛暑でも東北は冷夏平成七年夏

私と美男子のK君は東北本線金田一温泉駅に降り立ち、温泉街へと徒歩で向かいます。オカルトマニアの間では交通事故が多く、霊現象のうわさもあることで「死号線」の異名もある国道四号線を突っ切り、連日の雨で青々としながらも冷夏で穂の出る気配はない稲田を抜け、馬淵川にかかる橋へとさしかかります。

雨で増水し、茶色くにごった水がモクモクと盛り上がりながら北へと流れ下る馬淵川。さすがに金田一温泉でも、水面から二本の脚が逆さに突き立っているわけではありません。

ヨキ、コト、キク・・・ スケキヨ!

口に漏斗!キチガイじゃが仕方が無い!

我々二人は雑草が生い茂る河畔を歩み、橋をわたる。金持ちのボンボンで歩きに慣れていないK君は「タクシー使えばよかった!」とわめき出します。もとより私はただ歩く分には20キロ30キロかまわなく、ましてや貧乏性でタクシーに金を出すなどとんでもない性分。生活が違うと苦労しますわ。そんな中でも、膝下で断ち切られたジーンズから覗く彼のスネは血の気を帯びてうす赤く滑らかでした。うらやましい。

タクシーでは初乗り料金でつける金田一温泉緑風荘はかれこれ30分も歩いて到着です。半月ほど前に電話で予約しておいた「槐の間」 (えんじゅのま)にイソイソと通される私ども。平成七年当時は、半月前で充分予約が取れたんです。

時刻は午後五時を多少過ぎたころ。長い夏の夕方。槐の間は春どおりにおもちゃの山です。私どもはまずお茶と南部煎餅を楽しみ、風呂を済ませ、七時の夕食時には互いの前に並べられた膳の料理にワクワクしながらビールを酌み交わします。酒の話題はサークルのグチ。

関東よりはかなりチャンネル数が少ないテレビを眺めながら時刻は深夜です。

いよいよ座敷わらし様が光臨されるかもしれない時刻。床の間や違い棚、書院にドッサリ並べられたおもちゃの類を眺めてみますと、その中にセーラームーンのイラストがありました。画用紙に手書きの。その絵を見てK君はニヤリと笑います。さてその絵の余白に

「午前0時ころ、『パキッ』という音を聞いた」

と有りました。我々二人はそれ以上の幸運に浴することは可能でありましょうか・・・

私は床の間に江ノ島のみやげ物屋、店先でいつも大きな猫が寝ている店で買ったウグイス笛をささげました。

K君も何かを捧げました。

デンキを消してから、何が始まるのでしょうか・・・

続く。

「岩手県二戸市金田一温泉 緑風荘」

http://www9.plala.or.jp/ryokufuso/index02.html

美少女戦士セーラームーン
©武内直子・PNP・東映アニメーション
提供:@niftyコンテンツ

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座敷わらし探訪 平成7年夏、美青年との一夜編 その1

平成7年・・

ほんにまぁ、大変な年でしたわさ。正月に阪神大震災、早春にオウム騒動発覚。春が深まるにつれて騒動は深まるばかり。

そして梅雨。前年の平成6年、1994年は全国的な空梅雨、大渇水で猛暑でしたがその年の関東地方は、とにかく梅雨がしつこかった。そして面白いことに、曜日と雨の神が癒着しているわけでも有るまいに、「火曜日には必ず雨が降る」のであります。

それでも梅雨が明ければ、関東は前年続きの猛暑。

さてその年の夏休み、私は夏季休暇中、某サークルの合宿で岩手県海岸部の漁村に滞在しておりました。どのようなサークルだったか?それはとても書けませんね。

時の流れに飲み込まれる中で、必死になって自我を保とうと抗いながらも沈みゆき、沈み行く中でも妙な優越感と自己満足に浸って周囲の濁流を軽蔑する・・・

そのようなサークルでした。それゆえ人間関係はドロドロ。合宿が行われた漁村の民宿、昭和63年の少年ジャンプがまだ置かれているような民宿の二階で、人間の内面が交差していたのであります。

関東地方は猛暑でも、東北に北海道は昨年とは打って変わって冷夏。身も心も寒い合宿を終え、私は一年後輩のK君とともにOBの運転する車で岩手県の海岸部から内陸の北上川流域、東北本線の花巻駅まで送ってもらいます。そこから二人して北へ向かう電車に乗るのです。

このK君、ドロドロのサークル内では本音を言える数少ない間柄だったのですが、私の「春、座敷わらし紀行」の噂を聞き込んでいたく興味を覚え、このたび「平成7年夏 座敷わらし探訪」の同行者と相成ったわけです。

しかし問題はこのK君。彼ははっきり言ってイケメン、というよりも正統派の美男子です。ルックスで言えば沖田ヒロユキか、小泉首相の息子である俳優さんのような顔立ちでしょうか。大きく見開かれ、星を宿した瞳に滑らかな肌。身長は180cmを越、手足も伸びやか。私と二人並んだらそのルックスの対比にあきれることしきりでしょう。現在は俳優その他をやっている彼。つい先日も彼の舞台を見て参りましたが、30を越しても美貌はそのまま、ものすごいオーラを放っているのでした。

うらやましい!

正午過ぎに花巻を出発。北へ向かう電車の中。地元の女の子たちが、私どものほうを見ながらコソコソ話をしております。話題は彼のことに相違ありません。うらやましい!嗚呼イケメン!

もっともイケメンの前段階である「イケてる」が生まれたのが平成十年、「イケメン」が成立したのは平成12年になったからでしたので、平成7年当時はいくらかっこよくともイケメンなどとはいいません。

ハンサムか、ナイスガイくらいでしょう。もしくは色男か、美男子か。

花巻から盛岡へ。そして岩手県北部の金田一温泉駅へついたのは午後四時半ころでしたでしょうか。二人して列車を降りる。早春の前回とは異なり、長い夏の日のもと、周囲はむせかえるような緑に包まれております。タクシーに乗るのは面白くない、歩いていこう!と私は彼をせかしました。東北本線から温泉街の間には、馬淵川という深い川があります。田んぼを超え、この川を越えて温泉街へ徒歩で向かう算段です。

続く

金田一温泉 緑風荘 金田一温泉 緑風荘

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座敷わらし探訪 平成七年 春編 最終章

平成7年3月下旬、朝八時の岩手県二戸市金田一温泉、緑風荘 槐の間(えんじゅのま)。

真東の方角から登った春分過ぎの太陽が馬淵川むこうの冬枯れ濃い丘陵をあかあかと照らし、西向きの緑風荘槐の間に柔らかな反射光を送ります。

障子を通して、青白いような朝の光に、床の間と違い棚、書院の人形やぬいぐるみの一団が照らされております。障子をカラリと繰れば壮大な田園風景。縁の下で枯れ草色の猫が「んにゃあ」と鳴きました。

「なーんだ」

昨晩私を慄かせた鳴き声は、ただの猫だったのです。

浴衣姿で槐の間を出、朝食の膳が用意された二間おいた座敷へとむかえば、宿泊客四名が膳に向かってモクモクと飯を食らっております。みな地元の湯治客風。そのなかで私は明らかに浮いていました。米の飯に生卵、昆布巻き、筋子、そしてイクラおろしにモズクの味噌汁、といった実に日本的な朝食の膳。筋子と飯の相性は最高でした。

朝食を終えて槐の間へ戻っても、なんら変わりはありません。朝風呂へ入り、荷物をまとめる。帰りがけに「座敷わらしの祠」を探るべく庭へ降り立ちます。そのテの本によれば、御当主が何度も一族の危機を救ってくれた座敷わらしに感謝し、庭に祠を建立したとのこと。

槐の間に程近い裏庭には、直径1mはあろうかという杉の巨木の切り株が点在しております。その少し西側にカエデや杉の中くらいの木立に囲まれ祠はありました。祠のなかには「水晶玉」が静かに光っておりました。

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今度訪れる時はお姿を拝ませてもらえるべく、頭をさげて宿にしたのでありました。

札幌着は翌日の早朝になりました。

これで「平成7年 春編」は終了。

次回からは、「美青年との一夜、平成7年、夏編」とあいなります。

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続く

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座敷わらし探訪 平成7年 春編その4

いわくつきの「槐の間」。戸外の縁側から聞こえ来る猫の鳴き声・・・

もうカンペキにオカルトの世界ですね。

蛍光灯はジジジと薄く鳴って十二畳の奥座敷を青白く照らす深夜零時過ぎ

お便所までは遠い。槐の間から抜け出して新館へと続く渡り廊下を歩み、その端まで行かなくてはなりません。せめてお便所だけには行っておこう、と座敷を抜け出しました。デンキはつけっぱなしにして。

足音が異様に響く廊下を歩めば、歪んだ鏡に浴衣姿の青白い私が映し出されます。

こわい・・・

用を済ませて手早く座敷に帰り着き、デンキを消せば座敷は真っ暗。過度な照明も無い田舎の温泉町のことですから、縁からもれ込む光もほとんど無く暗黒です。

春浅い東北の寒さ、分厚い掛け布団のなかにしっかりと身をもぐりこませました。頭も手足もしっかり布団のなかにもぐりこませて。

布団の中は絶対に安全

夜の幽霊が怖い子供が信じ込んでいたおまじない。これは全国的なもののようですね。

期待と恐怖がない交ぜになった高揚感のなかで、必死に目を開けていようとしても睡魔には勝てません。

そして・・・

八時間後、実にさわやかな朝の空気の中で目を覚ましたのであります。何事も無く。

平成7年3月下旬。座敷わらし様の降臨はあおげませんでした。

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座敷わらし探訪 平成7年 春編その3

緑風荘旧館、南部曲屋曲がりの奥、控えの和室を二つ越した最奥の「槐の間」(えんじゅのま)にて、ゾロリと居並ぶ人形ぬいぐるみご一行様に囲まれて南部煎餅を食らうわたくし。

さて女将の手にて、夕食が運ばれてまいります。昔はさぞかし美人であったろうと思われる細造りの女将によって並べられる膳は一の膳から三の膳。最後に飯櫃と味噌汁が用意されます。

温泉の温水で飼育されたという熱帯魚、テラピアの刺身。貝の和え物。身欠きにしん甘露煮のしそ巻き、鮎の塩焼きに芽ショウガ。どれもこれも飯との相性が最高で、なおかつ「空腹」という最良の調味料が全身に滞留していたものですから、碗に盛り付けた飯とともにバクバク平らげます。

おかずの大半と三合入りの飯櫃の大半をあけ、重い腹をかかけて風呂場に向かう。風呂場は馬淵川の渓谷に面しており、階段を下りてたどりつきます。私一人だけでの入浴。円形の大浴槽の中心からモヤモヤと透明な湯が湧き出し、さびしいながらも和やかに入浴を済ませました。

部屋が「アレ」ですので、デンキをつけっぱなしにしていた「槐の間」に帰ってきてみれば床が延べられておりました。床の間と平行に。この槐の間の由来ともなった、エンジュの木の床柱を見渡せる位置に。エンジュとは、マメ科の樹木。材は硬く、木目が美しいので北日本では床柱や彫刻の原木によく使われます。北海道名物の木彫りの熊も、この木が使われる場合が多い。

しかし「木偏に鬼」。なんともアレではありませんか。座敷わらし様は、この柱の前に現れると申します。

幸いにも、床は「東枕」にのべられていました。「北枕」ではなくて。

東京の三分の二ほどのチャンネルのテレビをつければ、多少画面が歪みます。これも「アレ」でしょうか。

蛍光灯がジジジジィと鳴ります。時刻はすでに午前零時を回っております。

縁側のそとでンニャァ・・・と猫が鳴きました・・・

続く

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座敷わらし探訪 平成7年春編 その2

平成7年3月下旬、オウムの強制捜査が始まってから数日後の午後九時過ぎ、岩手県北部は東北本線金田一温泉駅のことでございます。

実にさびしい、ガランとした駅でありました。一応有人駅ではありましたが、ホームにもコンクリート造りの駅舎にも私以外の旅客はおらず、ただ蛍光灯がジジジと鳴って構内を青白く照らしていました。

横溝正史の世界に来たぞぉ!」

私は一人ごちました。タタリじゃタタリじゃ!水面から伸びる脚二本!ゴム仮面バンザイ!

ガランとした駅前でも、タクシーが一台停まっております。学生にタクシーは贅沢ながら乗り込み、「緑風荘まで」と伝えました。タクシーは深い川の大橋をわたり夜の田園を走り、初乗り料金のままで停車します。

「緑風荘」

じつにあっけない到着でした。昭和中期風の建築様式の新館玄関から、蛍光灯の青白い光が漏れ出して玄関のジャリを照らしております。主人は予約しながらもあまりに遅く到着した私を、心配そうに出迎えてくれました。

(当時は、夏季の繁盛期を別とすれば、半月前には槐の間の予約がとれたのです。)

昭和中期の田舎の小学校のような新館。休み時間に女の子がオルガン弾いているような新館。荷物を持った私とご主人はロビーを抜け、有名人のサインが目白押し、なおかつやたらと足音が響く渡り廊下を抜け、板場の隣の広い廊下を抜けて旧館、つまり槐の間がある南部曲屋建築へと入っていきます。

暖簾をくぐれば、西側に面した縁側。この一番奥が「槐の間」。座敷わらし様がいらっしゃるという、12畳の奥座敷です。多少隙間が出来た障子を、スラリと繰ります。

「うわ!」

蛍光灯に照らし出されたのは、床の間から違い棚、書院にあふれかえる人形、ぬいぐるみ、おもちゃの数々でした。すべて座敷わらし様を拝むために訪れたお客がご尊顔を拝するために捧げたものであり、あるいはお姿を拝ませていただいたお礼であります。

Photo

おもちゃを持たずに来てしまったことを、多少公開しました。

自分の手で茶をいれ、茶菓子に添えられた南部煎餅を噛み締めます。南部煎餅は、端っこのパリパリした部分を先に噛み取ってから、おもむろに真ん中を食いしだく。

お人形やぬいぐるみの視線が集中する中での一人でのお茶・・・

続く

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座敷わらし探訪 平成7年春編 その1

平成7年、1995年といえば散々な年でしたね。

年明け早々に阪神大震災で7000人近い死者を出し、そして春になったらばオウム事件が出るわ出るわ・・・

当時私は北海道の実家を離れ、東京都内の大学に通っておりました。長期休暇には田舎に帰るわけですが、飛行機は高所恐怖症で怖い。寝台特急「北斗星」は値段が高く、しかも寝ているばかりで面白くない。歴史の浅い北海道とは異なる、「内地」の風土をじっくり味わって帰りたい。そう考えて、「青春18きっぷ」を購入しました。普通列車のみでしか乗れないが、一日の間ならばいくらでも途中下車自由の切符が五枚一組で1万円あまり。これで帰ってやろうと思ったわけです。当時は上野から札幌まで上手く乗り継げば、宿泊込みとはいえドン行列車で往復可能だったのですよ。こののんびり旅の中で、内地の風土を存分に味わってやろう、ともくろんだのです。途中下車自由ですから。

朝3時ころに起きて身支度整えて私鉄の始発に乗り、上野まで行く。そして朝六時半初の東北本線へ乗ります。そして荒川を超えて街を過ぎ、関東平野の屋敷林と瓦屋根を眺める。地元とは大違い。北海道では針葉樹の防風林とトタン屋根ですから。ケヤキの大木が枝を四方八方に伸ばしている。内地っていいなぁ。

子供の頃から温暖で雪が降らず、歴史があって瓦屋根が連なる「内地」に憧れていました

栃木の黒磯あたりで電車は終点を迎えます。次の列車に乗り継いで北に向かう。しかし福島と宮城の県境の山の手前でまた終点を迎え、ここで次の電車まで1時間半も待たされる。結局、仙台着は午後三時ころです。

名物の牛タンも食いそびれて餡パンで腹をごまかし、北上すればようやく岩手県。しかし岩手県といえば、北海道の次に広い都道府県です。南部の一関に入り、延々北上する。ドン行列車専用の切符ゆえ、特急には乗り換えれません。北上川沿いに北上し、宮沢賢治のふるさと花巻を過ぎ、県都の盛岡着は午後7時。座りっぱなしで尻はしびれっぱなしです。

ここからさらに北上するのです。

お目当ての「金田一温泉駅」着は、もう午後9時を過ぎておりました・・・

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座敷わらしの出る御宿 『緑風荘』

平成中期に至る今現在でも、岩手県内には「座敷わらしが住まう」といわれている旧家が数件はあります。

しかし「我が家に出る!」などと住人が公表するはずはありませんね。そうなれば下手なオカルトマニアやマスコミが日参し、家人の生活は大混乱。その騒ぎで、肝心の座敷わらしが愛想をつかして出て行きでもしたら・・・

しかしそのような旧家の中で、座敷わらしの存在を公表し、一見の外部の人々でも座敷わらし様を拝めるチャンスに恵まれる、ありがたいお宅があります。

それが、岩手県北部、二戸市の金田一温泉にある温泉旅館「緑風荘」。

古くは鎌倉時代終わりに開祖を持つという旧家、五日市家の経営。戦前まではこの近郷一帯の大地主で、今でも堂々たる「南部曲がり屋」の建築様式の建築を周囲に誇っています。

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「曲がり屋」とは、岩手県独特の民家の建築様式で、上から見れば「L」の字、¬型に曲がった家の形です。馬屋と母屋をつなげ、台所の竈から出た温かい空気が馬の背中をなでて戸外へ出てゆく。古くは馬の育成が盛んだったこの土地ならではの、馬を思いやった生活の知恵です。

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緑風荘は、一見したところ昭和30年代に立てられた田舎の小学校風建築の新館と、先ほど記した南部曲がり屋建築の休館とに別れております。座敷わらし様がお住まいになっているのは先ほど書いた「旧館」12畳の奥座敷、「槐の間」(えんじゅのま)。

伝説では、南北朝時代、時の当主の長男、亀麿(かめまろ)が幼くして亡くなり、その後家を守る霊として「座敷わらし」になったと申します。

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槐の間に泊り、幸運に行き当たれば亀麿様を拝める。さらに拝めれば幸福にいきあたる。

古くは岩手県出身の「平民宰相」、原敬。近年では漫画家のつのだじろうがその姿を拝んでいます。

つのだじろう氏がそのときの記憶をもとに描いた座敷わらしのイラストは、テレビの中で「まばたき」をした、と全国の話題をさらいました。

座敷わらし様に会いたく、槐の間宿泊希望を願うお客は引きも切りません。

平成15年に私が緑風荘のホームページを開いてみましたら、「槐の間の予約は平成17年まですべて埋まっております」とのこと。今、平成19年10月にホームページを開きましたら、「槐の間の予約は平成21年から」とのこと。

それだけ人気なのです。泊れるだけでも幸運なのです。

次回からは、私が平成7年初春に初めて「槐の間」に泊り、以後数年掛けてようやく「お姿」を拝められるまでの経緯、そしてその後を書いてみたい、と思います。

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